2008年11月10日

根津・千駄木のタウン・ウォッチング/井村 英一

 我らの母校・東京大学と上野公園との間にある地区で、電気工学科の建物からすぐ近くであるにも拘らず、今までこの地区に足を踏み入れたことがなかった。ここで、最近、一日散歩の会が催されたので、早速参加してきた。

 地下鉄・千代田線の千駄木駅から出発して、
須藤公園(江戸時代の大聖寺藩の屋敷跡)
旧安田楠雄邸(大正7年の建築、伝統的な和風建築に洋風な応接間を設けた和洋折衷のスタイルを取入れている)
森鴎外の観潮楼跡(森鴎外が明治25年から、亡くなるまで30年間住んでいた)
団子坂(幕末から明治にかけての菊人形展は大いに賑わったという)
根津教会(大正8年に本郷福音教会としてこの地に建てられた)
根津神社(1900年近く前に日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社、太田道灌が社殿を奉献、徳川綱吉が現在地に造営した。国の重要文化財に指定)、と回って歩いた。

 坂の多い街だ。この辺りの土地は地盤が堅牢で、大正12年の関東大震災にも被害を免れ、また昭和20年の東京大空襲にも遭わなかった。したがって、これらの被害を免れた家が多く、江戸・明治・大正の懐かしさに出会う街である。

 明治28年創業の丁子屋染物店の建物は創業当時のものである。すし屋「乃池(のいけ)」で名物のあなご寿司を食べた。これは羽田沖のものとのこと。明治創業のせんべい店「菊見せんべい」は観光客に人気があり、固焼きせんべいを土産に買ってきたが、おいしかった。

 街中に「広域避難場所:東大」との掲示があり、東大との近さを実感した。
posted by でんきけい at 02:00| Comment(6) | 井村レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小生には馴染みのない地名が多いので地図で眺めてみたら北側からのアプローチだったようですね。
ついでに、要所から工学部3号館までの直距離を測ってみました。
・須藤公園から:1.2km
・根津教会から:480m
・根津神社から:625m
根津神社は農学部の北にある地震研の北隣、根津教会はその東側にあります。

それから、次の機会には是非カメラを持参して歩いて下さい。
Posted by 大曲 恒雄 at 2008年11月10日 11:08
 一時期、谷中・千駄木・根津、一帯を「谷根千」と称して、女性雑誌などに度々探訪記事が出ていた。従って小生は大曲兄と異なり、地名だけは良く知っていた。一度行きたいと思っていたが、未だに機会が無い。何かのついでに立ち寄るにしては、一寸不便な所である。

 ところで、一日散歩の会というのは、どういう会ですか。主催者が旅行会社なら、機会を見て申し込んで見たいと思います。



 
Posted by 寺山 進 at 2008年11月10日 11:11
私にとって千駄木町は懐かしい。電気科在学中の2年間、郁文館中学近くにあった夏目漱石の家のすぐ近くの宮下さんの家の2階の6畳間に大西礼二君と下宿していた。大西君は電気科であったがフランス映画、文学や伝統的な日本文化に造詣が深かった。フランス映画をはじめ洋画は2年間で200本(土曜に法科25番教室で2本立て、日曜に恵比寿本庄で3本立て)を鑑賞した。また上野には坂を下って末広の寄席に連れて行ってもらった。私は大西君ほど理解が出来なかったが、若い女性が弾くアコーデオンの哀しい音色が好きだった。数年前、上野の東京都美術館で開催された新構造展で、朝早く老夫妻が私の油絵の前で、仲睦まじく写真を撮っているのを、油絵の大久保先生が不思議に思って、大橋君とどういうご関係ですかと尋ねたら、我が家に下宿していたと言われたそうです。大久保先生は直ちに訪問するようにと電話を下さった。早速、お訪ねして昔話を楽しんだが、その後ご主人は他界され最後の訪問となた。在職中は、委託研究の関係で東大に行く機会に、時々お訪ねしていた。
Posted by 大橋康隆 at 2008年11月10日 15:53
 京成上野駅から忍ばずの池を横切って、弥生門を通って学校へ通っていたので、あの界隈は懐かしい。だが、卒業後根津神社へ行ったのみです。意外と学校の近傍は歩いていないものですね。
 ちなみに万歩計は普段付けて歩いていますか。当日の歩数はどのくらいでしたか?
Posted by 橋郁雄 at 2008年11月10日 16:48
今回は写真無しでしたが、実は,2,3日前に愛用のフィルムカメラが壊れてしまい、初めてデジカメ(コンパクトカメラ)を買いました。次の機会には、写真つきのブログを出せると思います。
当日の歩数は約1万歩でした。(家を出て、帰るまで)
タウンウォッチングの会のサイトは
http://www.osanponavi.comです。興味のある方はご覧下さい。しかし、入会費や毎月の会費が高いので、あまりお勧め出来ません。
私は横浜市あるく会に入っているので、この会には
加入していません。当日は体験参加(一回のみ体験できるとのこと)でした。
Posted by 井村 英一 at 2008年11月10日 19:55
僕は、あの界隈を時々歩きます。先日、田端駅のすぐ近くの田端文士の記念館に入ってみました。小さな記念館ですが、明治、大正、昭和(戦前)の田端文士たちのことを知るにはよい所です。そこで頭に入れた地図で、あの界隈(田端の高台)の文士宅跡を訪ねてみましたが、いまや殆ど面影なしでした。
 日暮里駅近くの谷中銀座も、下町の匂いが立ち込めて、特に、夕方がいいです。食いしん坊にはたまらない場所かも。
 その夕方に、あの近くの岡倉天心記念公園に行ったのですが、あそこには、平櫛田中作の天心坐像があります。しかし、厳重に鍵をしたお堂に入れてあって、外から見ることが出来ません。そこに、たまたま、役所の人がきて、お堂の中を覗きはじめたので、しめたと思って、天心像を見せてもらえませんかと訪ねたら、「駄目です、私らは、像が無傷で、無事に安置されているかどうかを、こうやって、定期的に点検しているのです」という返事でした。全く、情けない世の中になったものです。
 ところで、山手線の線路を越えて、向こう側の根岸の方に行くと、一葉記念館があります。一葉を若いとき愛読していたので、ここも懐かしさが漂う場所ですが、だいぶ前に、記念館の直ぐ近くに「甘いもの屋」が出来ました。僕は、不幸にして、開店前日に行ってしまったため、大好物の「あんみつ」を食べ損ねました。今でも、これが気になって、恨めしいのですが、また、そのうちに行こうかと思っています。勿論、あんみつを食べに。
Posted by 武田充司 at 2008年11月13日 22:57
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