2008年12月01日

組織と課題解決/林 義昭

 人が構成する組織はそれを構成する人の意識によってともすれば組織自身の欲望と言えるような力によって本来の大きな目的を忘れて暴走する例は枚挙に暇がない。

役所などは其の典型ではないだろうか。
 私は電気屋であるので、雷害対策の分野で本来の課題解決を忘れた組織の欲望の一端を考えて見たい。

 私は平成3年から、電電時代の友人の桑原守二氏の桑原情報研究所の手伝いをして、偶々3年間雷害対策の調査を行った事がある。対象の一つは長波(VLF,40/60kHz)の標準電波(JJY)の送信所と他は到る所にある携帯電話無線基地局である。
両者の雷との関係をごく簡単に述べれば、前者は高度900m位の山頂に高さ250mの鉄塔柱をトップローディングアンテナとして使用して500kWの出力で全国に送信するもので、所謂電波時計の送信源である。福島県の局と福岡県と佐賀県の県境にある2局であるが、前者は夏季雷が殆どで、後者は夏季雷ばかりでなく一発雷と言われる強力な冬季雷にも見舞われる。
 携帯電話無線基地局は鉄塔高40m位のものが多く高木より上に出るので地域によっては様々な落雷に遭遇する。
 この雷害対策の調査中に、「接地」(grounding/earthing)について経験した事を先程の事例として書いて見たい。
 さて、落雷によるサージ電流や誘導電流から機器や建造物の被害を減少させ、また人身事故を防ぐために種々の観点から「接地」の方法が考えられていて、それ等に対する種々の規定が役所の規則や標準などとして定められている。勿論JIS等でもそれに準拠して定められていた。 私が調査していた頃は未だ従来のルールが生きており、我が国独自の規定が各省庁で、その所管事項別に決められていた。即ち、建築・構造物、避雷針・鉄塔等は所謂建築アース(建設省/国土交通省所管)、電力系は電力アース(A〜D種、通産省/経済産業省所管)、通信系は通信アース(郵政省/総務省所管)、コンピューター系は計算機アース(通産省/経済産業省所管)としてそれぞれ別の規定が決められていた。勿論保護すべき対象が異なるのであるから、夫々の観点から接地は斯くあるべしと言う事は必要であり、現在でも其の観点は維持されている。
 私が問題にしたいのは、其の当時はそれらが個別に独立の接地電極を有し、それぞれの接地抵抗も何オームと決められていた事である。更にそれらの接地電極は分離接地と称して相互に導体で連接させない事であった。もし相互接続を許せば、各省の権限は失われて、認可も検査も不要となるからである。
 一方では、この分離接地(変な言葉ではあるが)は落雷時には接地電極間の電位差で反って被害を大きくする事になりやすいために、雷の被害に苦しむ事業者の中には、外国の文献・事例・基準等と自らの経験から、以上のそれら総ての接地電極を官検終了後に連接して、被害の減少に努める例もあったと聞いている。
 しかし世が変わり、WTOに加盟した我が国は、我が国独自のJIS規定を改め、IEC標準を受け入れる段階となってきた。2003年にはようやく各種のIEC準拠の新JISがJISA4201(2003)/IEC61024(1990-04)「建築物等の雷保護」を手始めに、次々に新しいJISが制定されつつある。この中には「等電位ボンディング」と言う基本理念があって、総ての接地は連接されるべしと言う思想で貫かれている。分離接地の個々の接地抵抗値の規定は無意味となった訳である。 役所の権限はWTOの批准でようやく無くなって、結果として落雷の被害が減少して目出度し目出度しと言うべきであろうが、本当にそうであろうか?
 新JISによって確かに一つの組織の構内の接地は改善されるであろうが、電力の需要家と電力会社の配電線とを一つの系として考えた場合はどうであろうか?等電位ボンディングの理念からすれば、当然両者の接地は連接すべきであるが、現状では会社が違うと言う組織のギャップによって問題があると思う。
 役所が個別に接地抵抗を定められたのは、日本の土質が関東ローム層を代表として比較的導電率が高いために比較的容易に接地抵抗の低いアースが可能だからであろう。しかし山上の岩盤などではそうはいかず大変苦労するところである。翻って岩盤の多い欧州や砂漠地帯では個々の接地では接地抵抗が低くならないのでその地域のあらゆる接地を導体で連接して共同で低い接地抵抗を得るという、謂わば「接地インフラ」と言う概念が出来ており、連接はその様な地域では当然の智慧であったと思われる。従って配電系のアースと電気を使う需要家のアースは当然共通となっても何の不思議も無いのであろう。
 これに関連して序に記すが、日本(と台湾)では低圧配電方式がTT方式と称して単相低圧の片線を柱上トランスの所で接地して(B種接地)2本の線で需要家へ送る方式を採用している。しかし、ヨーロッパ、アメリカ、中国等殆どの国はTN方式と言う接地線を加えた3本の線で配線されている。先程の「接地インフラ」の理念からすれば当然の事である。(もっともヨーロッパでも牧場や人家の極めて少ない所はTT方式を採用している所もあると聞く、またTT方式ではパソコンのプラグのアース線は遊んでしまう)
 高圧でも低圧でも配電線のアース(架空地線等)を需要家のアースと連接させるか否かは数年前の状況だが、私の関係した電力会社では、本社でなく各営業所の判断に委ねられており、電力屋さんからも明確な返事は得られなかった。
 等電位ボンディングの思想を生かして両者の雷被害を軽減するために、例えば私見だが平常は電蝕を防ぎながら落雷時に役に立つ様にギャップアレスターを介してでも相互接続できる様に智慧を出してもらいたいと思う。役所は自分の権限から連接を禁止したが、この場合は組織である会社が違うと言うので電気を送る線は当然つなぐけれど、アースは連接しないで被害を増やしているのは電気屋としては何とも情けない。
 雷神さまは昔も今も同じ様に(地球の温暖化で最近は少々変わっているらしいが)人間が大切にしている権限や組織に関係なく、電荷の中和と言う観点から素直に美味しい「ヘソ」を狙って下界を弄んでいらっしゃるのである。
 真空管時代と違って低電圧、高速クロックの高集積度のLSIによって構成されている機器に頼っている現代、是々非々の精神で雷害対策に取り組む必要を痛感する。
 これらのプロジェクト遂行の過程でこの分野の権威者である電中研の横山 茂氏(昭和44年卒・電子)を紹介してくれた、武田充司君に改めて謝意を表したい。横山氏が九大教授に就任されてからも色々ご指導を頂いて大変感謝している。

posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | ひろば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 長くて面白くない話で申し訳ありません。
「接地/アース」のご専門の方もいらっしゃるのでご教示頂ければ有難いです。
 一寸私の原稿にミスがありました。初めから7行目の「平成3年」は「平成13年」の間違いです。謹んで訂正させて頂きます。失礼しました。
Posted by 林 義昭 at 2008年11月30日 22:28
大変よく要約された、しかも、問題点を明確に指摘した解説に感謝します。僕は九州電力に就職した時に、福岡市郊外の一次変電所(山家変電所)の建設現場で(多分1956年頃)、接地網の設計と敷設の手伝いをさせられ、その後、日本最初の商業用原子力発電所(東海発電所1号機:既に廃炉された)でも、その時の経験を生かして、変電所の設計と合わせて接地網を設計施工したのですが、それ以来、電力屋としての仕事はせず、原子炉屋になってしまい、そんな過去の経験はすっかり忘れていました。しかし、その後、東海発電所の管理職として勤務していた時(多分1982年)に、東海発電所の2号機(110万kW:BWR)が落雷に見舞われ、多数のICカードが誘導電圧によって破損して、原子炉を緊急停止するという思いがけない事故に見舞われました。これによって、現在の半導体チィップで構成された計装制御システムが、雷害に如何に弱いかを体験しました。その点で、昔の真空管回路は頑健です。その後直ちに、電力中央研究所の専門家に協力してもらって、原因究明と新たな対策の確立に努力しました。その時の経験から、僕は、林君に電力中央研究所の専門家を紹介しました。
林君の今回の記事を読んで、素人の僕にも、その後の進展が理解でき、大変嬉しく思っています。しかし、現代の半導体時代には、100%の雷撃対策は存在しないと思います。マイクロ技術からナノ技術へと、電子工学は益々進歩しているようですが、その裏には、思いがけない脆弱性が拡大浸透していることを肝に銘じるべきでしょう。雷撃による社会のインフラの機能不全にどう対処すべきか。技術と社会のかかわりが昔とは比べものにならないくらい密接になっていることに、我々技術者も注意すべきです。(PS:原子力屋の妄想?として、蛇足ですが、核戦争勃発時に、超高空での一発の核爆発によって作り出される電磁パルスによって、地上の広い範囲で多くの電気通信インフラが機能不全になり、麻痺するというシナリオがあります。)
Posted by 武田充司 at 2008年12月01日 22:50
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