2009年08月17日

舘山寺温泉と大井川の蓬莱橋/太田 堯久

5月12日(火)から13日(水)にかけて、港南区シルバークラブ連合の会長の旅行で、浜名湖畔の舘山寺温泉へ出かけた。シルバークラブというのは老人クラブのことで、港南区では老人という言葉を嫌ってシルバークラブと呼んでいる。小生は平成16年から地元のクラブの会長を務めているので、旅行には毎年参加している。
舘山寺温泉へは三○会でも15年会の時に旅行した筈で、宿で井村君と同室だった記憶はあるが細部はすっかり忘れており、今回の旅行で何か思い出すかと期待したが、前回とは場所がやや違うのか、新しい建物が増えたのか全く思い出せなかった。

バス2台で東名高速道を西進し、浜松西ICを下りて昼食後一般道をさらに西へ進み、午後1時半にホテルに到着。今回宿泊した宿は、サゴーロイヤルホテルという地上10Fの大きなホテルで、舘山寺という寺のすぐ傍である。
舘山寺の裏山には観音様の銅像が立てられていた。

 写真1.JPG  写真2.JPG
 (写真1)ホテル屋上
 から眺めた浜名湖
 (写真2)ホテル屋上から
眺めた舘山寺裏山の観音像

翌日は東名高速を掛川まで戻り、沢田ICを下りて掛川バイパスを経て国道
1号線を通り、島田市のばらの丘公園と大井川に架かる蓬莱橋を見学した。ばらの丘公園の春ばらは最盛期とはちょっとずれているのか、それほど見事ではなかったが、クウィーンエリザベスとかダイアナ・プリンセスオブウェールズとかプリンセスミチコや、その他女優の名などのついたばらが多数あったのが面白かった。
 写真3.JPG 写真4.JPG
 (写真3)プリンセス
            ミチコ
 (写真4)誰かの名の
    ついたばら
蓬莱橋は「世界一長い木造歩道橋」(897.4m)として、平成9年12月にギネスブックに認定されたそうで、歩行者と自転車だけを通す珍しい有料道路(@100円)である。その由来を下記に記す。
明治2年7月、最後の将軍徳川慶喜を護衛してきた幕臣達が、大井川右岸にある牧の原台地を開拓し、お茶を栽培し始めた。当初は苦労の連続であったが、その甲斐があって順調に茶栽培が営まれ、生活が安定するに従って、島田の方へ生活用品や食料品を買いに出かけるようになってきた。また島田の方からも大井川右岸に、山林・原野の開墾に出かけるようになったが、大井川を小船で渡らねばならず大変危険なことだった。そこで島田宿の開墾人総代達は時の静岡県令に橋を架ける願いを出して許可され、明治12年1月13日に完成した。しかし木橋のため大井川の増水のたびに被害を受けてきたので、昭和40年4月に橋脚のみコンクリートに変え、今日の姿となった。

バスは大井川の左岸に駐車したので、小生らは橋の左岸から右岸まで歩いて往復した。その後焼津で昼食と買い物をして東名高速経由で横浜に帰着した。

 写真5.JPG 写真6.JPG
 (写真5)蓬莱橋の右岸
     到着点
 (写真6) 蓬莱橋の右岸
   橋下からの眺め

posted by でんきけい at 00:30| Comment(0) | 太田(堯)レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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