2010年03月21日

徒然なるままに・・・「無言館」/鷹野 泰

「無言館」は信州上田市の南部、塩田平と呼ばれる浅間山を望む丘陵地の頂にある。

近くには古くから有名な別所温泉もあるので最近は観光ルートにもなっているようである。既に訪れた方もあると思う。一風変わったヨーロッパの僧院を思わせる建物の美術館である。第二次大戦中に戦没した若き画家志望者が郷里に残した絵画を作家水上勉の長男・窪島誠一郎氏が全国から集めて展示している所である。通常の絵画の美術館と言うよりも遺品館と言った方が適切かもしれない。打算を越え、純粋に絵を描きたいと言う願望ただそれだけで描かれた作品群とも言えるだろう。従って、初めてこの「無言館」を訪れた時、通常の美術館で名画を見たあとの満足感とは全く違った複雑な感情が残った。美のそのものの鑑賞と言うよりも、もっと人間の本質、運命に関連した何物かにこの絵画を通じ触れたからであろうか。簡単に凡筆で解答の出せるものでもない。今までに案内を兼ね数回訪問しているが、その都度何かが心に残されたままになっている。

過去に、江戸時代の書の真贋の判定をある専門家に依頼したことがあった。判定方法は例えば落款の形、大きさ等をノギスで測定することから始まり言わば客観的物理量に終始し、芸術的価値云々は全く対象外であった。その帰途、結果が偽物と判定されたことよりも、価値判断の手法そのものに何か割り切れない虚ろさを経験したことがある。

無言館でその都度感じる何物かは、此れとまた別の次元であるが、絵画の価値とは何だろうかと言う素朴な疑問とある種の割り切れない複雑さでもある。

ある初夏に此処を訪れた日、

       無言館出れば信濃の若葉風

なる一句を作って帰途に着いたが、この複雑な感情を俳句で表現することは出来なかった。

posted by でんきけい at 02:44| Comment(2) | 鷹野レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
無言館の存在は、知っていましたが、残念ながら未だ小生は訪れたことがありません。一度は訪れたいと思っています。
絵画の価値は、描く人にとっては心の表現であり、たとえ観る人がつまらないと思う絵画でも、描いた人には深い想いがあります。絵画を観てどのように感じるかは、観る人の心象により異なると思います。批評家の説明を聞かないと理解できない絵は、絵ではないと先生から教えられました。また、絵画はその時代背景を端的に表現しているので、記録としても貴重です。絵画の経済的価値は、別次元の話でしょう。


Posted by 大橋康隆 at 2010年03月21日 22:52
この付近には鎌倉時代からの寺院が幾つも点在しますが、その一つ前山寺がすぐ近くにあります。重文の塔や季節の彩りも美しいが、併せ見て頂きたいのは参道脇の石碑に彫られた言葉です。
「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」
何方のか知らぬが我が身に振り返っています。
Posted by 小林 凱 at 2010年03月23日 21:38
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