2011年10月16日

「どうでもいい話」―ブログ再開に当たって― /寺山 進

 ブログへの寄稿が途絶えて、もう一年近くになる。その間大曲編集長など皆様に「体調不良なのか」とご心配を掛けてしまった。しかし筆を取れなかった理由は、小林凱君が8月18日付で大曲編集長の報告に対して寄せられたコメントと全く同じである。要は東日本大災害のショックという事になる。漸く少し落ち着いて来た。そこで取りあえずウオ−ム・アップの意味で、どうでもいい様な深刻でない話から再開したいと思う。 

 毎年、今年の夏が一番厳しいと思うようになって来ている。その暑さの最中にぼんやりと、テレビのチャンネルを大リ−グ中継に変えた。するとダッグ・アウトの中で熊の様な大男が、グロ−ブを投げ付けベンチを蹴飛ばしながら大声で喚いている。片隅に2010年パリ−グの首位打者で今年渡米した西岡剛選手が、一人だけでしょんぼりと座っている。蒼白の顔で俯きながら微動だにしない。珍しく面白い場面だと思った次の瞬間、慌てたように映像が切り替わり、全く関係の無い話題が始まってしまった。
 

 8月13日の夜、西岡の属するミネソタ・ツインズは敵地クリ−ブランドでインディアンスと戦った。骨折から回復して4月ぶりに出場した西岡は2安打2打点と味方の全得点を叩きだしたが、3回に二つの失策で一点を献上し、さらに8回併殺のチャンスを二度続けてミスした後、G.Perkins投手が逆転打を浴びてチームは3対2で敗れた。内野手が併殺をミスしても一死さえ奪っていれば失策の記録は付かず、その後の失点は投手の防御率を悪化させる。走者を背負い、打者に内野ゴロを打たせて併殺を取る為に全力を注いだPerkinsが怒り狂ったのも、米球界では至極当然の事であった。

 ミネソタの地元紙から「ツインズの内野手が未だかって味わった事のない、球団史上最悪の夜」と酷評された西岡選手であるが、既にシ−ズン開始直後の4月8日、別の地元紙記者のMr.B.Reynoldsから「自分は選手の怪我を良い事だとは決して思はない。しかしヤンキ−スのN.Swisher選手が二塁への滑り込みの際、西岡の足を折って長期離脱に追い込んだのは、ツインズに恩恵を齎した」と皮肉たっぷりに書かれていた。つまり「西岡はいない方が良いのだ」という訳である。
又この夜の失態は、たまたまという性格のものではなく、彼の遊撃手としての欠陥が原因との説もある。捕球後に体を捻って投球方向に向き直る僅かな時間遅れが併殺には致命的なので、彼の技術レベルは大リ−グの基準に達していないという。今は帰国して楽天でプレイしている松井稼頭央選手も同じだった。日本一の内野手でも大リ−グの遊撃手としては落第なのである。

 しかし、こんな事は日本では全く報道されない。小生は何もここで西岡に恥の上塗りをするつもりは全くないのであって、日本のメディアの報道姿勢がおかしいと思うだけである。「海外の日本人スポ−ツ選手は、栄光に包まれて大活躍をしなければならない」「それに反する報道をしたら、たとえそれが事実であっても、自分達が非国民と思われはしないか・・」という強迫観念を持っているかの如くである。8月15日の日本のスポ−ツ紙の小見出しは「西岡:自軍の全得点を叩きだす」であった。もしエラ−がなかったら大見出しになっていただろう。
 

 嘘ではないだけ戦争中の大本営発表より,未だましなのかもしれない。67年前の丁度今ごろN.H.K.のラジオからほんの数日間だけ流れた「58機動部隊、殲滅だ、見よや!」という幻の軍歌を歌える人は殆どいないであろう。1944年10月19日、大本営は「敵機動部隊を台湾沖に捕捉猛攻を加え、制式空母12隻の撃沈を含む壊滅的打撃を与えた」と発表した。久し振りの大戦果に日本中が沸きたち、皇居前で提灯行列迄行われたが、既に10月17日には無傷の第38機動部隊(58は日本側の誤り。敵主力の部隊名すら把握出来ていなかった)を中心にW.F.Halsey提督率いる第三艦隊がレイテ島に殺到していた。
 
 

 問題はこの傾向が戦争中やスポ−ツに限らず、また報道だけに留まらない事である。「起きて欲しい事は安易に又過大に信じ込む」反面「起きては困る事象は、起きないという想定で物事を進める」従って、万一にも起きてしまうと之を直視出来ず、適切な対応が取れない。つまり、危機管理能力が無いという事になる。福島第一がいい例である。「日本人論」的な言い方をすれば、これは日本民族の欠点なのである。

 自分の一生を省みると、公私に亘り全く典型的日本人そのものだった。想定外のリスクを負わずに済んだのは、ただ単に運が良かっただけだと今にして思う。
 どうでもいい、深刻でない話の筈が何時の間にかあやしくなってきた。この辺で一旦打ち切りにさせて頂きたい。
 しかし「次のブログのテ−マをどうするか」相変わらず頭が痛い難問が残っている。

posted by でんきけい at 00:38| Comment(2) | 寺山レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「問題はこの傾向が戦争中やスポ−ツに限らず……」などのフレーズ、わが意を得たりと拝見しました。昔は権力に弱かったが、今は金に弱い社会。勤め人は上司、株主の意向に迎合することが金づるを失わないことにつながりますし、マスコミも儲ける(生き残る)ために世間に迎合する論調ばかり。そんななかで世論が構築されていく。狭い国で生きていくために出来上がったDNAでしょうか。
Posted by サイトウ at 2011年10月17日 13:42
斎藤様:早々のコメント有難う御座います。他ならぬ貴兄から拙文への同感を頂き、大変嬉しく思いました。

3.11の後特に原発事故に関して、メディア上に百家争鳴的な言論が続出しました。しかしそのどの立場に対しても程度の差はあれ反論の余地は多いし、中には議論の前提になる事実や数値、論理の立て方に疑問のあるものも多く見られました。
一方で、関係者の無能・無責任ぶりに一人で怒ったりもしました。

しかし「もし自分が当事者だったら、同じような事をやり兼ねないし、言い兼ねない」という考えに至ると、ブログへの投稿など出来ない心理状態に陥ってしまったのです。

時間も経ち落ち着いて来たのと「小生など別に専門家でもなく、発表先が同窓会のブログではないか」と思い、投稿を再開する事にしました。
少しずつ書き始めて、編集長へのお約束を果たしたく思っています。

Posted by 寺山進 at 2011年10月19日 15:37
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