2013年11月01日

「選択」を観て/大橋 康隆

 10月3日、久し振りに骨まで応える演劇「選択」(2部構成)を観た。
 高橋広司さん(文学座、高橋編集長の長男)が、第1部「我が命果つるとも」のスペイン軍将校モンセラと、第2部「同志の人々」の是枝万介を演じていた。
写真1 プログラム(70%).jpg写真2 プログラム(70%).jpg
プログラム表紙
プログラム裏面
 第1部「我が命果つるとも」(原作:エマニュエル・ロブレス、訳:末松利文)は、1810年の南米ベネズエラが舞台。当時スペイン軍による恐ろしい虐殺と略奪が横行していた。非道な行為に対し怒りを感じていたスペイン軍将校モンセラは、意を決して敵軍である革命軍首領と内通する。彼の上官は、首領の隠れ家をモンセラに白状させるため、部下に命じて無実なベネズエラ人5名を逮捕して連行した。最初の犠牲者は、元役者であった。必死に助命を嘆願する役者に対し、上官は「お前は従容と処刑される英雄の役をやっていたではないか。」と言う。モンセラは、多くのベネズエラの人々を救うため、一人の犠牲者を見殺しにする苦しみに、必死で耐える。遂に役者は刑場に送られる。上官は帰ってきた部下に処刑の様子を聞く。「従容として銃殺されました。」という報告であった。かくして順次処刑が行われ、最後は女性であった。「乳飲み子に乳を与えたい。」という必死の嘆願に、モンセラは遂に耐え難く、少しづつ上官に白状する。やがて上官の部下から報告が来た。「首謀者の隠れ家を発見しました。しかし、既に逃亡しており、やがて革命軍が押し寄せてきます。」直ちに女性とモンセラは刑場に送られた。一人になった上官は「私にも娘がいるのだ。」とつぶやいて幕が下りた。上官と無実な5名のベネズエラ人に挟まれ、悶々とするモンセラ役の広司さんの演技は鬼気迫るものであった。
 
 第2部「同志の人々」(原作:山本有三)は、1862年の寺田屋騒動に加担した科で薩摩藩士8名と、田中河内介父子が、薩摩藩に護送される船底の一室が舞台。高橋広司さん演じる薩摩藩士是枝万介は、船底の別室に幽閉されたと思われる田中父子の生死を確認するため、床を叩いて連絡し、下の船室から応答を確認した。しかし公武合体を目指す薩摩藩は幕府を憚り、大納言中山忠能の家士であった田中父子を仲間割れとして「斬れ。」と命じる。船底の薩摩藩士は激論の末、籤で斬り役を選ぶ。籤を引当てた万介の兄は、田中父子と最も親しかった。悶え苦しむ兄に代わって、万介は自分が行く決心をした。万介は田中父子の部屋に行き、切腹を勧めたが、薩摩藩の理不尽を納得できない息子は遂に刀を抜き、万介も止む無く応戦して重傷を負わせた。田中河内介は息子にとどめを刺した後、介錯を是枝万介に頼んで見事に切腹した。介錯をした万介の刀が振り下ろされた瞬間に幕は下りた。
 壮絶な是枝万介役の広司さんの演技には息をのんだ。後年、是枝万介は気が振れ、生涯を廃人で終わったと伝えられている。田中河内介の辞世として「ながらえてかわらぬ月を見るよりも死して払はん世々の浮雲。」が残っている。
 

 自分の生死や、国家の命運がかかっている厳しい「選択」を迫られたことは、これ迄私には無いし、これからも無いことを願うのみである。しかし、現在の一見平和な時代を迎えるまでは、多くの人々の犠牲があったことを忘れてはならないと思う。先般、10月19日に電気系同窓会で「ビッグデータ」の講演会があり、その後パネル討論があった。最後に「プライバシー・ゼロの時代に育ったので、暴論かも知れないが、プライバシーの意味が良く分かりません。国民総背番号の実現も長い間かかってしまった。どのような人が反対していたのか。80才を越えると隠すべきプライバシーも殆どありません。」と質問した。
 生死の際にいる時代や地域の人々には、プライバシーなど全くないと思うのです。切迫した時代の「選択」を観て、改めて厳しい時代を思い起こして、気が引き締まりました。

posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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