2014年11月16日

森山兄のご逝去を悼む/大曲 恒雄

早いもので森山兄が急逝されてからもう1ヶ月になる。

入院中の病院から「横浜三〇会の幹事を辞退したい」と電話がかかってきたのは9月18日だった。3日間高熱が続いたので救急車で緊急入院、いろいろ検査を受けているがまだ病名未定とのことだった。
実は今回の横浜三〇会幹事選びは大変で、本来の当番幹事である寺山兄が早々とリタイア、次にお願いした中林兄も一旦引き受けてくれたもののしばらくして「出席できるかどうかも自信なし」とのこと。3人目が森山兄で、快く引き受けてもらったが残念な結果になってしまった。

森山兄との“初対面”は多分本郷の教室でだったと思うが、実はその前に小生は彼のことを知っていた。ラジオ少年だった小生はラジオ雑誌などをよく読んでいて「森山寛美」名の記事を何回か見た記憶があり、一種尊敬の念を抱いていた。所が、S28/4本郷で同じクラスの中にご本人を見つけてビックリしたことを鮮明に覚えている。以後、新井、大越、山崎の諸兄と共に気の合う仲間として永い間お付き合い頂いた。あちこち旅行にも行った。ご本人がブログに投稿された「オニオンとセロリ(大越君の思い出)2010/11/21」には写真入りで奈良旅行の時のことが克明に書いてある。

斎藤さんも書いておられるように、ブログへの貢献度は絶大であった。花を愛し、イベントが大好き、ビデオ撮りや編集もお得意で、実に沢山の素晴らしい作品を提供して頂き、このブログを盛り上げて頂いた。ブログ管理者の1人として深く感謝申し上げたい。実は、今年もそろそろ花火のビデオが見られるのではないかと期待していた所だったのだが、本当に残念でならない。

改めて、森山兄のご冥福をお祈りする次第である。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 大曲レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
森山兄が急逝されたとのメールを受けた時は大変驚きました。私は1971年6月にモントリオールで開催されたICCの学会で偶然再会して、初めて親しくお話する機会を得ました。定年後はゴルフや横浜30会で色々な経験話を聞いて大いに啓発されました。特にPCについては造詣が深く、高速化のためにHDをSSDに交換した話を聞いて感心しました。ブログでは、美しいビデオを何時も楽しみにしていました。森山兄のジャンルは広く、コンコルド搭乗の貴重な経験や、パリやミラノの粋なお話は何時までも記憶に残っています。
遅くなりましたが、森山兄のご冥福を心からお祈りします。
Posted by 大橋康隆 at 2014年11月17日 11:51
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。