2016年03月01日

プラハの思い出/大橋 康隆

 2005年8月1日、ウィーン経由でプラハ空港に17時50分到着した。
相乗りタクシーを利用して、プラハ東北部にある長距離バスターミナルの
近くにあるホテルに向かった。相乗りした外国人カップルは、プラハ中心部のホテルで先に降りた。

 8月2日の早朝にホテルを出発して、今回旅行の最大目標であるプラハ城に歩いて向かった。  旧市街を通り抜け、市民会館(写真1) 火薬塔(写真2) ティーン教会(写真3) 天文時計(写真4) を眺めて、カレル橋を渡ってプラハ城を訪れた。(写真5)

写真1 キュービズム博物館.jpg 
写真1 市民会館
写真2 火薬塔.jpg 
 写真2 火薬塔
写真3 ティーン教会.jpg 
 写真3 ティーン教会
写真4 天文時計.jpg 
写真4 天文時計 

 プラハ城の聖ヴィート大聖堂からプラハ市街を一望すると素晴らしい。
(写真6) 大聖堂のステンドグラスは見事で、ムハの作品もある。プラハ城の東部には、様々な色の小さな家が並んだ黄金小路があり、青色のカフカの家がある。正午にはプラハ城正門で衛兵の交代式があり、写真撮影をした。(写真7)

写真5 プラハ城.jpg 
写真5 プラハ城 
写真6 プラハ市街.jpg 
 写真6 プラハ市街
写真7 衛兵交代式.jpg 
写真7 衛兵交代式 

 プラハ城の衛兵の交代式を堪能してから、西方の丘にあるストラホフ修道院を訪れた。(写真8)現在は民族文学博物館になっているが、「哲学の間」や「神学の間」と呼ばれる図書室には圧倒された。書棚に収納された蔵書の多さ、天井のフレスコ画、地球儀、天球儀を眺めていると、中世に生きた人達の偉大さが、時間の経過を超越して、はっきりと蘇ってくる。

写真8 修道院.jpg 
 写真8 修道院
写真9 百塔の都.jpg 
写真9 百塔の街 
写真10 プラハ城.jpg 
 写真10 プラハ城

 再び、カレル橋を渡り、橋のたもとにある橋塔に登り四方を眺めた。プラハは百塔の街と言われる所以が良く判った。(写真9) 更に、カレル橋から東北に進み、旧ユダヤ人墓地を訪れた。墓地の出口近くにある儀式の家には、ユダヤの伝統や生活習慣について展示されている。儀式の家は、建物として絵画になる美しさが漂っている。

 8月3日は、列車でカルルシュテイン城を訪れたが、既にクラスブログに掲載されているので参照されたい。(注1)

 8月4日は、午前中に、天文時計のある旧市庁舎塔に登り、プラハのパノラマ写真を撮影した。東方には、ティーン教会(写真3)、石の鐘の家、ゴルツ・キンスキー宮殿、が並び、北方には聖ミクラーシュ教会が見降ろされる。西方にはプラハ城やストラホフ修道院、南方には新市街が眺められる。 午後は、ヴルダヴァ川を観光船で、カレル橋からチェシュフ橋まで往復して、両岸の風景を撮影した。(写真10)はマーネス橋の近くから撮影したプラハ城である。

 8月5日は、カルロヴィー、8月6日はクトナホラーを訪れたが、次回に投稿したい。結局、8月1日〜6日までプラハに滞在して、近傍の観光地を訪れることが出来て、充実した日々を満喫した。

注1:クラスブログ2010-03-11「カルルシュテイン城」


posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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