2016年04月16日

2016年春の横浜30会/小林 凱

  今年春の横浜30会は予定通り3月30日に、横浜駅東口そごう10Fダイニングパークの中国料理「桃源」で行いました。
  今年は3月に入ってから寒い日が多かったが、幸い数日前から暖かさが戻り、各所で開花のニュースが有る中での開催でした。今回は級友13名が参加し、昨年の卒業60年会から五か月ぶりの再会で、時の速さに驚きながらも皆元気に集まりました。
Yokohama30A.jpg

  この間に残念な事は、この会発足以来のメンバーであった太田尭久兄が2月25日に逝去されました。太田氏は昨年は欠席だったので、今回は久しぶりの出席を期待していたのですが開催通知の回答がご訃報でした。ここに謹んで太田兄のご冥福をお祈り申し上げます。その一方で今度は山崎映一さんが初参加され、千葉県から元気な様子を見せて呉れました。
  会は正午開宴、まず太田兄のご冥福を祈り一同黙祷した後、山崎兄の発声で乾杯、あとはいつもの様に一同盛んに飲み、食べ、そして賑やかに話してあっという間の2時間半でした。

  この会は1996年2月に大曲恒雄兄の多大のご尽力でスタートして以来ずっと続いて来たものですが、今回が20周年の節目を迎えた事でその活動の記録が席上披露されました。これを振り返ると発足以来の懐かしい記憶が蘇って来ますが、当初は会運営の基礎固めの期間で、大曲氏を中心に、小松凱、太田尭久の両氏が協力して幹事役を務められ、始めは主に関内の大雅飯店で、その後活動が軌道に乗った辺りから会場も横浜市内の幾つかの場所を廻りました。この大雅飯店は中林兄が詳しかった中国の銘酒も出して呉れました。その後私達も順次年齢を重ねるうちに夕食会から昼食会に変わり、また横浜市外からの参加が増えるにつれて場所も判り易い所にと横浜駅周辺に収斂して来た状況です。
  この間平塚市在住だった不破康博さんと柏市在住の森山寛美さんも参加されて居ました。不破兄は晩年は奥様と同伴でこの会に参加されたので、お二人に便利の良い所と東戸塚駅西口の青蓮というお店で行った事もあります。また森山さんは何時も元気でこの横浜30会は勿論、他に年2回のゴルフ会にも毎回参加されていたのですが、一昨年病を得られて本当に急逝でした。
  この様に横浜30会の20年を振り返る時、太田氏を始め諸兄のお元気だった時の様子が先ず思い出されます。

  今回はクラス全体の会合が昨年の60年会で一区切りとなった現在、横浜30会が級友が気楽に集い懇談できる貴重な機会となって居る事を感じました。そこでこの20年間に蓄積された会の特質を皆で大切にしながら、今後も続けて行きたいと思った処です。当日は時間が若干過ぎましたが、お店の理解もあり最後の記念写真まで円滑に進めることが出来ました。皆さんのご協力を感謝して居ます。
  次回はこの秋(9/30)、今度は小松 凱氏が幹事で都内・新橋での開催を検討されており、今回その会場が紹介がされました。

  それでは皆さんもどうかお大事に過ごされ、次回も元気に参加されますことを祈念致します。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 横浜三〇会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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