2016年05月01日

昭和館/斎藤 嘉博

  春爛漫。私も花見をと、先日神保町での用事の帰りに九段下、牛ヶ淵、田安門の辺りに寄ってみました。
  濠端の桜は例年のように満開。たくさんの人が九段坂の歩道に集まってお花見。しかし今年は青空の晴天がすくなく、桜もなにかピンボケといった感じ。そこで濠の斜面に咲いた、名前は知りませんが黄色、紫の花がこの桜のなかでいいアクセントになっていました。
  このお濠端、九段坂下のところに小さな博物館があります。花見のついでに前から一度はみたいと思っていたこの博物館に入ってみました。昭和館。1999年に開設されたものでパンフの表紙に「戦中、戦後の国民生活の労苦を次世代に伝える国立の施設です」と書かれています。厚生労働省主管の国立博物館ですが展示内容は言うなれば戦争ノスタルジー。昭和館(60%).jpg
昭和館パンフレット
  常設展示は7階と6階にあって7階は昭和10年ごろから終戦までの資料展示、6階は昭和20年から30年ごろまでの戦後の苦しい生活の時代を回顧したもの。これだけ書けば当時を経験済みの諸兄はもうすっかりその内容について想像出来ると思います。入り口からすぐのところには出征兵士を送る武運長久と書かれた旗、千人針、日の丸、そして赤紙と言われた召集令状。うーんこんなことだったナア、出征兵士を送る傍ら、南京陥落の時には提灯行列などもありましたっけ。私がまだ小学校4〜5年生ごろの時代です。身近に寅年の女がいて、彼女はいつも千人針の作業に手を動かしていました。これだけのものを再現した展示なのに、12月8日の朝放送された開戦のニュース、軍艦マーチに乗って「大本営発表、わが軍は太平洋において米国と戦争状態に入れり」というラジオの声は聴くことが出来ませんでした。戦争を鼓舞するといけないという配慮からでしょうか。多くの日本人はこのラジオを勝利へ向かう門出、一部の方は敗戦への道として聞いたのでした。そして今の北朝鮮の報道とイメージがダブります。
  昭和10年ごろの庶民の生活の展示には氷を上の棚に置いた冷蔵庫、ポータブルのレコードプレーヤーなど。一面数分のSPですからベートーベンの第5が5枚組のアルバムだったこと、毎回手回しのレバーでゼンマイを巻き、針を取り換えることなどが記されていました。ちいさなICチップで音楽を聴くことのできる今の世代には想像もつかないことでしょう。そして貧しい食事。大豆かす、さつまいも、とうもろこし、高粱を混ぜて炊いた七分搗きのコメのご飯。
  しかしこうした展示の中で私を一番ゾッとさせたのは空襲警報のサイレンの音でした。夜の団欒をしている家庭の画面。そこに空襲警報を知らせるサイレンの音が入って室内は灯火管制の様子になります。警戒警報、空襲警報のサイレンの音。当時はラジオから流れる「東部軍管区情報、只今B29の編隊が琵琶湖上空を西に向けて飛行中」を毎日きかされていましたっけ(この放送も展示場にはありませんでした)。そして爆弾の衝撃が窓ガラスを飛散させるのを防止するために貼る紙を縦横に貼った窓ガラス。これらの品が私を一挙に80年の歳月をフライバックさせてくれたのでした。でも実の世界はこうした二次元、三次元の展示では表現しきれない5次元の世界。焼夷弾が雨のように降る空襲やグラマンの機銃掃射による狙い撃ちを経験したことがない、物にあふれる今の世の中に過ごす若い方たち、子供たちにとってはアーソー大変だっただろうナで終わりでしょう。先ごろG7が広島で開かれ、各国の外相が原爆資料館を訪れたようです。言い伝えも必要ながら、いくらジオラマを見ても、話を聞いても実際の体験に遠く及ばないことをよく知っていなくてはならないと思うのです。
  下の6階は戦後のくらし。バラック生活、買い出し列車、引き揚げ、DDT散布、闇市。私が大学の入学試験の折、愛知県から上京しての宿は新宿西大久保、今の歌舞伎町の辺りの焼野原に建てた叔父のバラック家屋でしたし、上野駅での買い出し列車の様子は毎日新聞で報道されていましたし、頭からかけられた白い粉のDDTのおかげで蚤の痒さから少しは逃れられたのでしょうか。そしてその後日常の生活がやや戻ってきたころの回顧は三種の神器と言われたテレビ、冷蔵庫、洗濯機。そして力道山、古橋、橋爪。
  戦中と戦後を分ける7階から6階への階段の踊り場で終戦の日に放送された詔勅の録音を聞くことができます。当時その日の放送はほとんど聞き取れなかったのでしたが、今回これを見て心に残ったのは、「堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ」ではなく、終わりに近く「世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」というくだりでした。敗戦の廃墟と痛手の中で将来は世界に伍そうと述べられた心根に感心し、なるほど70年の月日はすべてを乗り超えられるのだナ、動物のいや人間の生命力ってすごいネと想うのでした。

  こうして2時間ほどを80年まえの思い出の中で過ごしました。諸兄も暇があったら覗いてみてください。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 斎藤さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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