2016年05月16日

NHK 再度、再々度 IEEE Milestone の贈呈を受ける/沢辺 栄一

  去る5月11日NHKは「ハイビジョン」と「緊急警報放送」に関し、それぞれIEEE Milestone の銘板を贈呈された。5年前に贈呈された「衛星放送」と合わせてNHK技術研究所は3件、IEEE Milestone に認定されたことになる。
  「衛星放送」のMilestoneが贈呈され、技術研究所の表玄関の植込みの隣に設置された状態を見た時、「衛星放送」のCitationが書かれた板の両側のスペースがかなり空いており、両側にそれぞれもう一枚の銘板を置くことが出来ると感じ、更に2件の研究開発をMilestoneに認定させようと考えた。「ハイビジョン」は「衛星放送」の提案時に既に予定していたものであるので、その他の1件について自分の担当した研究開発についてMilestoneに値するものがあるかどうかの検討を行ったところ、特異な放送システムとして「緊急警報放送」なら確実に認定されると思い提案することにした。
  今回の2件について、簡単にその概要、歴史的意義、私との関係等を説明する。

[ハイビジョン]
  1964年東京オリンピック開催の時点で従来のカラーテレビジョンシステムは一応完成したので、NHK技術研究所は次世代のテレビジョンシステムの必要を感じた。当時、映画、写真等のフィルムによる映像に比べ、電気、電子による映像であるテレビジョンは画質が著しく悪いことに気付き、将来の国民の生活向上に即した高品質なテレビジョンを開発すること考え、1964年にHDTV(High Definition Television)と命名して研究開発を開始した。
  先ず、高品質なテレビとはどのような特性を具備しなければならないのかの原点に立ち、人間が美しい映像と感じる状況、条件を視覚と心理的影響の実験と調査から研究を始めた。その結果、HDTVの目標とすべき走査線数1125本、フィールド・レート60Hz、インターレース2:1、画面の縦横比5:3(従来より横長のワイドスクリーンテレビ)等の暫定基準が決められた。この基準に沿ったカメラ、ディスプレイ、伝送装置、VTRの開発が進められ、1982年に一応HDTVシステムとして動作できるようになった。これにより高品質の映像が認められて、HDTVの番組の制作のほか、医学面への応用、映画製作、芸術品の記録、美術館での芸術品の紹介等各種の分野で電気、電子媒体による映像の応用が開始された。更に、情報量が多すぎて放送が出来なかったものを、情報圧縮技術を採用し、12GHz帯の衛星で放送できる伝送システムを発明した。その結果、放送衛星から世界最初のHDTV放送が1989年6月に開始された。これを契機にハイビジョンと名づけられた。
  その後、ハイビジョンの良さが世界的に認められて、2000年にITU-Rで推奨技術標準規格として採用されて、現在、世界各国でハイビジョンが放送されている。また、日本のハイビジョンに触発されて今日のディジタル・テレビジョン放送の発展に繋がった。
  世界で初めてワイドスクリーン、高解像度のテレビジョンの重要性を認めさせたこと、従来のテレビジョンより格段に良い高品質のテレビジョン映像を放送で、一般家庭に普及させたこと、映像に関する各種技術を著しく発展させたこと、放送分野に留まらず、映画作品の制作、芸術品の記録、医療分野への応用等テレビジョン映像の利用を拡大させたことの4点がハイビジョンの社会的貢献であり、電気関係技術史上の意義である。
  ハイビジョンの IEEE Milestone の提案書の作成は衛星放送のMilestone の銘板の贈呈があった翌年の2012年から始められた。幾多の見直しの後、2014年11月に提案書を提出し、翌2015年11月にIEEEの理事会で認定された。写真1にハイビジョンのCitation の書いてある銘板を示す。 写真1 P5120259(HDの銘板)(20%).jpg
写真1(HDTVの銘板)
  私がハイビジョンの担当になった当時はハイビジョンの情報量が非常に多いので、22GHzの放送衛星で放送することを予定し、放送の伝送方式を考え、研究している者は居なかった。私は放送衛星の状況を多少知っていたので、22GHzの放送衛星を待っているのでは21世紀半ばまでハイビジョンの放送ができないと考え、12GHzの放送衛星で放送できるようにしたいと思っていた。この意向を1研究者が受け、情報圧縮技術を発明して解決してくれ、1989年にハイビジョン放送を実施でき、NHKの立場を守ることができた。

[緊急警報放送]
  東海地方に大規模地震が発生するとの予想により「東海地震防災基本計画」が1978年に公布された。この計画の一環としてTVおよびラジオで地震や津波発生を人々に警告することとされた。しかし、災害予知情報が迅速に、また、適切に伝送されたとしても、家庭でのTVやラジオ受信機にスイッチが入っていなければ受信できない。それ故、緊急地震情報または津波情報を迅速に伝えなければならない時に、家庭の受信機のスイッチを自動的に入れるため放送電波に緊急警報制御信号を乗せて伝送する必要がある。このため、1979年に緊急警報信号を確実に受信し、家庭の受信機の電源を入れる放送システムの研究開発を開始した。このシステムでは緊急警報番組を放送する前に、放送局が緊急制御信号を送り、その専用受信機がこの緊急制御信号を常時待ち受け、この信号を検出したら、専用受信機は一般のラジオ、TV受信機を起動させ、家庭の人々が確実に緊急警報を聞き、または、観ることができるようにする。
  NHKは1985年9月1日からこの放送の運用を開始した。緊急警報放送用受信機が動作することを確認してもらうためにNHKは毎月1日の正午前に緊急警報制御信号の試験信号を放送している。
  このシステムは音声、映像、データ等通常の情報を含まない符号(コード)の放送であること、放送の直接の対象は人間でなく機械(専用受信機)であること、人間の生死に係わる非常に重要な情報を伝える放送と直接関係していること、著しく高信頼なシステムで、制御信号を送らない時には番組音声、雑音により全く動作せず、制御信号を送った時には不動作が全く無く必ず動作することの4点がこの放送システムの電気技術史上の意義である。この放送システムは全くユニークで、他に比較できない放送システムである。
  最初に実際に放送されたのは1987年3月18日、九州地方で発生した大地震後の津波警報であった。それ以後今日まで22回警報制御信号を放送している。2004年12月にスマトラ沖でマグニチュード9.1の地震が発生し、大きな津波が生じ、大きな被害を与え、多くの死傷者を出した時に、この放送システムの存在が世界に知られた。この結果2007年にITUの推奨技術標準規格に採用され、また、2008年にABU(アジア太平洋放送連合)の技術ハンドブックとして出版された。その後、南米諸国でこの放送システムを採用するとのことである。
  衛星放送のMilestone 贈呈後直ちに緊急警報放送の Milestone 提案書の作成に取り掛かった。この放送システムの研究論文は日本向けのものばかりであったので、IEEEが要求する条件に合うように日本語の論文を英語に翻訳しなければならなかった。また、提案書の英語を外人に見てもらう(リライト)ことを行ったが、緊急警報放送を充分に理解しないで勝手に英文を直されてしまい、やり直しを数回せざるを得なくなり、最後は外人に頼まず、日本人のある翻訳家に見て貰い、ハイビジョンと同時に2014年11月にIEEEへ提案書を提出した。関係者からの質問、こちらからの回答で18回のやり取りがあり、翌15年7月に理事会で認定された。
  Citation の書いてある緊急警報放送の銘板を写真2に示す。
  NHKはこれまで衛星放送を含めて3件の Milestone に認定を受けた。この3件の銘板を設置した状態を写真3に示す。
写真2 P5120262(緊放の銘板)(20%).jpg写真3 P5120258(台上の3銘板-2)(20%).jpg
写真2
(緊急警報放送の銘板)
写真3
(3件の銘板の状況)
  今回の提案に関しても同期の大野君に多大のサジェッションを受けた。ここに改めて感謝申し上げる。また、これまで日本で認定されたのは29件であり、1研究所で3件のMilestone 認定を受けたことは大変稀なことであり、この3件の開発に直接関係することができた幸運を感謝している。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | 沢辺レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
受賞おめでとうございます。舞台裏はここに書かれている以上にご苦労が多かったと思います。現役のみなさんによい刺激になるでしょう。一層のご活躍を祈ります。
Posted by サイトウ at 2016年05月16日 09:03
 自分にとっては専門外のことなので、かえって興味深く、楽しく読ませていただきました。サイトウさんのコメントのように、確かに、舞台裏の開発努力の実態は大変なことだったのだろうなあと思いました。
 電気工学といっても、電力はエネルギーそのものを電気という形態で扱うのに対して、弱電(僕らの頃はそう言ってましたが)では、扱う対象は「情報」であって、電気はそれを運ぶ道具に過ぎませんから、弱電の工学は電気の消費者のようなものかなあと思います。本屋さんは紙を売っているのではなく、紙の上に乗っている情報を売っているのですが、電力屋は紙屋のようなもので、本屋さんはお得意さんかもしれません。しかし、いまや、電子出版の時代になり、紙を使わない本も可能になりました。情報も「光通信」のように、電気を使わないこともあるのですから、情報屋にとっては、電気はひとつの手段でしかないとも言えそうです。もっとも、光も電磁波ですから、電気でしょうか。
 弱電と強電と合わせて50人が、同じ学科で勉強することができたのは、古き良き時代の有難い贈り物だっのでしょうが、最近、つくずく感じるのは、同じ電気屋でも、情報産業の人と、エネルギー屋の電気屋とは、価値観も人生観もずいぶん違ってきているのではないかということです。エネルギーは不変の法則(今では、物質も含めての不変の法則)で拘束されて、つりだすことも、消し去ることもできない、宇宙的存在で、ただ、形態を変換することのみ可能なものですが、その変換にも必ずエネルギーが必要という束縛があります。したがって、電気エネルギーは自然そのものですが、情報は人間存在そのものから発しているので、極めて人間的なもののように思えます。
 職業が人間をつくるという面もあるでしょう。最近、歳をとって、こんなことも考えるようになりました。
 
Posted by 武田充司 at 2016年05月18日 11:22
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