2016年12月01日

「命の使途」を観て/大橋 康隆

 11月18日に中野にある劇場HOPEで「命の使途」(LAST JOURNEY)を観劇した。主演は元憲兵で96歳になった久松恭介役の高橋ひろしさん(高
橋編集長の長男)である。劇場は若いファンで埋め尽くされており、静かな熱気で覆われていた。始めから終わりまで車椅子での熱演は、若い方々へ人生最後のメッセージを伝えるには充分であったと思う。
 この演劇は3部作の完結編である。第1部は「命の行進曲」(THE LAST SONG)、第2部は「命の行方」(THE LAST WORD)で、第1部は天王洲銀河劇場で観劇したが、第2部は都合がつかず見逃して残念である。主人公の久松恭介は、太平洋戦争中に、石松石蔵高等師範学校校長と、和田守男日本放送協会員の二人を殺害した。彼は晩年を迎えて二人の亡霊と遭遇し、最後の戦争から人類を救うため ノアの箱舟を造れと指令を受ける。久松は、車椅子生活の介護担当である松永久子(石松の愛人)の制止を振り切り、二人の亡霊に悩まされながら、人類救出に立ち向かうが、遂に最後の日を迎える。

 二人の亡霊は殺害された時の姿で現れ、車椅子の久松と言葉を交わすのだが、その度に久松の表情は変化して、昔のトラウマが如何に大きなものであるかを訴える。歳を重ねて、記憶は曖昧になってくるが、最後に残るものは何であろう。歳と共に体は思うように動かない。年老いた人間の晩年の演技は、鬼気迫るものがあり、いづれ自分もあのようになるのかと思ってしまう。


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写真2高橋ひろし 
 最近、終活という言葉が良く取り上げられ、その重要性は理解できるが、現実には遅々として作業が進まない。テレビを見ていたら、終活のアドバイザーが、一度棺桶に入り、これからの未来史を書いてみると反省の心が芽生えると話していたが、成程と思っても未だその気持ちにはならない。しかし、この歳まで長生きしていると、あの世に行った時には、自分より若い多くの人に会うことだけは、確かであろう。

 朝日新聞の「声」欄に、時々「語りつぐ戦争」という副題で90歳前後の方々の体験が掲載されている。長い間誰にも語れなった体験を人生の最後にあたり後世に残しておきたいという決意をされたもので貴重な資料として保存しておきたい。厳しい体験をした方々は、年齢を重ねても記憶がしっかりしていると常々感服している。

 小学校3年生の時、太平洋戦争が開戦し、中学1年生で終戦の玉音放送を空襲で焼失した学校の運動場で拝聴するまで軍国主義を吹き込まれた。中学に入学してからは、空襲を受けるまで3ケ月軍事教練を受け、小柄であったので38銃がとても重く感じた。やがて進駐軍が来たときは、殺されるかも知れないと、物陰からこっそりとのぞき見をした。戦争が終わっても、1年半は焼跡の整理作業や、なかなか戦地から復員してこない兵隊さんの代わりに農繁期には農家に勤労奉仕に出かけた。授業は焼失したお城の石段や、公会堂の地下室で行われた。ある日修身の時間に、校長先生がデモクラシーという英語を知っているかと言われ吃驚した。古い教科書はほとんど墨で塗りつぶされていた。

 世の中が180度回転した体験はもう無いと思うし、そのように願いたい。しかし昨今のマスコミや教育の変遷を見ていると「歴史は繰り返す」という言葉が重みを増してくる。このような時期に「命の使途」を観劇して、久しぶりに色々考える機会を得たと感謝している。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 度々観劇下さり有難うございます。私は11月19日に観て来ました。小さい劇場でしたので、満席でしたね。これからも、都合が良ければご支援ください。よろしくお願いします。
Posted by 高橋郁雄 at 2016年12月02日 16:42
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