2016年12月16日

気ままな人生(24)「学生時代の恩返し」/小松 凱

  私は中国・大連で生まれ育って、敗戦で日本に引き揚げたので、極貧の中で苦労した経験があります。(大分の荒城の月の竹田に引き揚げました。)
  苦労話を始めたら切りがないように思いますが、今ではすべてが懐かしい思い出になっています。「兎追いし、かの山・・、小鮒釣りし、かの川・・・」の故郷での生活は、今では考えられない素晴らしい生活だった・・・。
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  東京がどこにあるのか知らなかったくらいの極貧の私が、なぜ東大を受けたのか、本当のところを知りたいと思っていたのだけれど、皆さん、亡くなってしまっている。御恩返しをする機会を失ってしまった。
父からは、皆さんから、「受けさせろ・・・。旅費や宿泊は、面倒みるから・・。」と言われてしぶしぶ受けた・・・という記憶があります。「大学に合格しても、(明日の金、食事がとれないから)生きていけない・・。」という気持ちでした。今では、心から皆さんに感謝しているのだけれど・・。

  最近の地方出身の学生の状況を考えると、昔の私と同じ気持ちかも知れない。と思うようになりました。昔、お世話になった皆さんにご恩返しをしたい・・と思うようになりました。故郷のクラス会、友人。県人会などに打診しています。
  幸い、我が家が多少空いているので、故郷の受験生、あるいは家族を受け入れてあげたい・・と思うようになりました。皆さんにご恩返しができれば安心して・・・・・。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 小松レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 小松兄が満州大連から引き上げられて大分県竹田で過ごされたことを知ったのは、卒業後かなり経過してからでした。私の父も竹田出身で、N家の四男でしたが、結婚して大橋家になりました。
私は、1984年にNECから日本高速通信に勤務することになりましたが、建設省出身のK社長が竹田の出身で一層親しくして頂きました。ある日、「君の履歴書は立派だね。」と冷やかされて「履歴書は学校卒業後だけ書くので、その前に苦労したことが書けないのが残念です。」とお答えして昔話を聞いていただきました。その内容は2009-03-23クラスブログ「上京前後の思い出」と同じです。今から振り返ると針の穴を通るような幸運と多くの恩人のお陰で現在があると思います。残念ながら恩人方は既に他界され、一周遅れで人生をもたもた歩んできたものだと悔やまれます。小松兄のような恩返しは出来そうもありませんが、岡山朝日高校の同期会の裏方や、京浜同窓会へ出席して若い後輩達に昔話をしています。
Posted by 大橋康隆 at 2016年12月17日 12:56
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