2017年02月01日

ザルツブルクと周辺の旅/大橋康隆

 2000年8月10日8時30分にザンクトギルゲンから定期バスに乗り、フシュル湖を右側に眺めて通過して西方へ約1時間走行してザルツブルクに
到着した。新市街にあるホテルにリュックを預けると、ミラベル庭園を訪れた。(写真1)この写真は、翌日夕方に撮影したもので、左側がミラベル宮殿で前方にホーエンザルツブルク城塞が小さく見える。朝日は宮殿の左上から照射するので、宮殿が影になる。庭園を通り抜けて、ザルツアッハ川に沿って南方に少し歩き、マカルト橋を渡ると旧市街に出る。そこはもう城塞の入り口であり、先ずは大聖堂の前にあるレジデンツ広場(写真2)を訪れた。噴水の前に多数の馬車が集合していたが、次々に観光客を乗せて出て行った。大聖堂の裏からケーブルカーで城塞に登り、一周して見学したが、ここから見渡すザルツブルクの市街は素晴らしい。(写真3)
写真1ミラベル庭園.jpg
写真1ミラベル庭園
写真2レジデンツ広場.jpg
写真2レジデンツ広場
写真4市街展望.jpg
写真3市街展望
 城塞を見学してから昼食をとり、旧市街から新市街に帰り、新市街の北方にあるザルツブルク中央駅に向かった。13時18分に列車に乗り、約1時間南下してヴェルフェン駅に到着した。駅から北に歩いてホーエンヴェルフェン城を訪れた。(写真4)城の全貌は、列車から眺められるが、近くに来ると森の樹木が生い茂っていて写真は城門入り口など部分的にしか撮れない。場内には鷹が飼育されており、城壁に沿った広い斜面で、多数の観光客に様々な鷹の演技を披露して喝采を浴びており、暫し時のたつのを忘れた。その後再び駅に戻り、列車でザルツブルクに帰着した。珍しくホテルのレストランで夕食をとったが、日本人の年配の紳士と同じテーブルであった。息子さんが苦労して7つの音楽会を予約したのに、急用ができて来れなくなったので、父親が代わりに来たそうだ。ザルツブルクに来て、一度も音楽会に行かない私達にいささか呆れていた。
写真3ヴェルフェン城.jpg
写真4ヴェルフェン城
写真5山荘.jpg
写真5山荘
写真6暖炉の前で.jpg
写真6暖炉の前で
 8月11日朝、イーグルネストを訪れるツアーに参加した。ザルツブルクを9時に出発し南下して、オーストリアからドイツに入ると、間もなく岩塩抗を見学するグループはバスから降りた。イーグルネストを訪れるグループは、ヒンターエックまで行き、降ろされた。ここでドイツの小型バスに乗り換え、狭いヘアピンカーブを約20分登り、終点に到着した。ここから山のトンネルに入りエレベーターで124m 登り、山頂の山荘ケールシュタインハウスに到着した。(写真5)ムッソリーニがヒットラー50才の誕生日に贈った大理石の暖炉の前で記念写真を撮った。(写真6)この隣には、エヴァ・ブラウンの部屋がある。多くの観光客と共に、山荘から少し歩いて1,834m の山頂を訪れた。ここには十字架が建っており、素晴らしいパノラマを堪能できる。
(写真7)はベルヒテスガーデンであるが、反対側にはケーニッヒ湖が眼下に見える。
写真7山荘より展望.jpg
写真7山頂より
写真8ベリヒテスガーデン.jpg
写真8ベリヒテスガーデン
写真9市街遠望.jpg
写真9旧市街遠望
 帰路は再びヒンターエックで岩塩抗を見学したグループと合流し、ベルヒテスガーデンで昼食をとった。食後の休憩時間を利用して、町中を見物したが、町名に相応しい美しい町であった。(写真8)カラフルな植物が教会や様々の建物と調和しており、すべてを紹介できないのが残念である。ザルツブルクに帰着した時は、午後の半ばで再び旧市街を訪れることが出来た。(写真9) 前日とは異なるルートを選び、レジデンツ広場を訪れ、狭い通路の繁華街ゲトライデガッセを通り抜けて、メンヒスベルクの展望台に登った。更に、ザルツアッハ川の旧市街側を北上してミュルナー橋を渡ると、ミラベル庭園が現れた。(写真1)同じ風景でも、朝と夕方では影が反対になるので印象がすっかり変わるので驚いた。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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