2017年07月16日

苔寺と鈴虫寺/齋藤 嘉博

  5月の連休直前、桜の時期も過ぎた頃に苔寺を訪れました。
苔寺は最近拝観が難しくなって、予め往復はがきで予約をしなくてはなりません。今回の予約時刻は2時ということでしたので、朝から霊宝殿に釈迦三尊像のある清凉寺、平家物語にゆかりの祇王寺、背後に小倉山を背負って釈迦と阿弥陀二尊を祀る二尊寺、それに芭蕉が嵯峨日記を書いたという落柿舎と嵯峨の丘陵を散歩して昼食もとらずにバスで苔寺前まで走りました。まだすこし間があるのでお隣の鈴虫寺に先にお参り。
  鈴虫寺はこのところ若い人たちに人気があってお寺の門前の石段には列ができるほど。人気の原因は和尚さんの鈴虫説法にあります。本堂にはいりますと机にお茶と小さい菓子が置かれていて、桂和尚さんの説法が始まります。鈴虫寺1(83%).jpg
鈴虫寺の門前の石段
  「日日是好」と書かれた紙をかざしながら「この語は皆さんご存知やろ、一期一会と並んで禅のことばなんですヨ。でも毎日いい日なんていうことはあらしまへん」とやわらかい関西弁でお話が進みます。「人間てそんなにたいしたことはできへん、未来に行って何かすることもできんし、過去に戻って過ちの一つすらただすことはできんのですよ」お話を聞いている若い人たちはなるほどとうなづきながら聞き入っています。「人間にできることはただ一つ、ただいまを生きる、これしかできへんのです。」

  和尚の傍らには鈴虫の入った巣箱がいくつか並んでいます。お話を伺いながら私は10世紀後半平安時代の空也上人を思い浮かべていました。空也上人もこうして街の中にはいって説法をしたのだろうナと。30分ほどのお話が終わったあと庭を鑑賞。ものの本に一年中鈴虫の音が聞こえるとありましたが、私の耳には聞こえませんでした。しかし思い出したのは新井兄がこのブログに載せていた“鳴く虫日記”です。「あれ鈴虫だったかな、邯鄲じゃあなかったかナ、まあなんでもいいや」と、新井兄が大切に育てている虫がさらによく鳴くようにと鈴虫寺のお守りを頂いてこのお寺の山門を出ました。
  山門の脇にお地蔵さんが置かれています。このお地蔵さん大変めずらしい草鞋履き。幸福地蔵という名でひとつお願いをするとどこにでも出かけてその願いをかなえてくださるのだそうです。鈴虫寺2(83%).jpg
幸福地蔵
  苔寺(西芳寺)はここから歩いて数分の距離。門のところで参詣時刻が書かれた返信はがきを入場証として示し本堂に行きますと、もう数十人が机の前に座っていました。机には墨、硯それに般若心経の写経紙が置かれています。定刻に和尚が入られ「皆様に写経をしていただいて、書き終わりましたらここにお供えください、それから苔のきれいな庭園を拝観してください」。集まっている方は鈴虫寺とは違って半数以上が外国人。この方たちに写経ができるの?と思いました。左利きのかたも多いようですが皆さん筆を持って神妙に写経をはじめられました。外国の方にとっては世界遺産へのお参りもなかなか大変なことのようですがなかなか立派に書き終えておられました。写経が終わった方から順次庭園の散策に。
苔寺1(83%).jpg苔寺2(83%).jpg苔寺3(83%).jpg
苔寺1苔寺2苔寺3
  苔寺の庭は諸兄ご存知のように上段は山の上にちいさな茶屋、下段は心の字を描く黄金池を中心とした池泉回遊式庭園があり、池には、朝日島・夕日島・霞島と3つの島があります。この池の周り、林の下草として苔が一面に。ほんとうに厚い絨毯を敷き詰めたよう。なんでも百種類以上の苔がここには生えているそうです。きれいですネエ。見ていると心が落ち着きます。
  写経の後だからでしょうか。丁度落ち葉を掃いているお坊さんがおられたので「この苔どのような手入れをしているのですか」と尋ねましたら「いやなにもしていません。手入れなんてせんのです。土地が苔にあっているのです」と。前回ここを訪れたときには「この苔にはどんな肥料をやるのですか」と尋ね「肥料、とんでもない、そんなことをしたら苔は枯れてしまいます」と笑われたものでしたが。それにしてもこれだけの広さに美しい苔が生育しているのには秘密があるはず。
  苔の生育を調べてみると、「水やりは夕方にたくさんやる。水はけをよくする。風あたりの強いところは苦手なので、風避けを設ける。光合成ができなくなり、生育を阻害する落ち葉を取り除く」とありました。お寺の開創当時、奈良時代から平安時代にはこの苔はなく、今のようなお庭になったのは江戸時代といいますから、よほど苔によい自然条件が備わっているのでしょう。本堂で写経をされていた人の数の割には庭園は静かで大変よい雰囲気でした。

  昨今世界遺産に指定された所には観光客、とくに外国からの観光客がやたらと増えています。金閣寺の鏡湖池のまえなどはあたかもラッシュアワーのホームのよう。世界遺産は本来世界的に普遍的な遺跡や自然を大切に保存して後世に伝えていこうという趣旨で、アブシンベル神殿の保存から始まった条約の筈。しかし実際には観光的な価値、経済的な利益が優先してあれもこれも世界遺産に登録してもらおうという動きが強くなっているこの頃。活気は呈するのでしょうが、やはり日本の社寺のよさは自然の中の深遠さ、静けさそしてそこから生まれるオーラにあるのでしょう。保護主義賛成、あまり太鼓をたたかずに静かに大切に保存していきたいものです。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | 斎藤さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お守り、どうもありがとうございました。育てているのは鈴虫ではなくて邯鄲と松虫ですが、3年目の今年も鳴いてくれますようにと戴いたお守りに願いを込めています。願いが叶って泣き出したらこのブログで報告しましょう。7月末から8月下旬には鳴き出す筈です。
Posted by 新井彰 at 2017年07月16日 11:59
訂正: 泣き出したら→鳴き出したら
Posted by 新井彰 at 2017年07月16日 12:08
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