2017年11月01日

近頃思うこと(その29)/沢辺 栄一

  9月の初旬に英国の高等教育雑誌「THE」が大学のランキングを発表し、日本の大学で順位が最も高い東京大学が昨年の39位から順位を下げて過去最低の46位となったと報ぜられたことを記憶されておられる方もおられることと思う。
  1位、2位が英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学とのことであるが、その評価基準は論文の引用頻度、教員数、大学の収入などで、疑い深い私にはオックスフォード大学とケンブリッジ大学が上位にランクするように評価基準を適当に選んでいるのではないかと思われてならない。

  大学の本当の使命は学生を教育することであると思う。学校に残り研究を行うのは学生の5%以下ではないかと思う。大部分の学生は社会に出て仕事をする。従って、大学のランクはその学校の卒業生が如何に社会に貢献したかによって評価するのが妥当ではないだろうか。社会に貢献し、活躍する学生を多く卒業させる大学が良い大学と評価するのが普通と思われる。

  昔のことであるが、MITに居たときにノーバート・ウィーナーの「人間機械論」を訳された池原止戈夫東工大教授にお会いした。先生はMITの卒業生でたまたま同窓会に来られていたとのことであった。その時、「西のカルフォニア工科大学はノーベル賞を取ることを目指しているのに対し、MITは社会に出たら直ぐ使えることを目指して教育している」とおっしゃられ、「その結果、MITの卒業生は経済的に恵まれた地位で活躍しており、学校が建設資金を集めるのに卒業生に寄付を求めたら1週間で100Millionドルが集まったとのことである。ハーバード大学もこれに見習って同じように寄付を卒業生に求めたが、このようには集まらなかった」とMITの教育方針を自慢されていた。

  私の評価基準で教育機関を挙げれば大学ではないが、また現在ではないが明治維新と明治政府に逸材を多く送り出した吉田松陰の松下村塾が世界でもランクNo.1であろう。また、明治時代以降の思想等に影響を及ぼした内村鑑三、新渡戸稲造等を輩出した、「少年よ、大志を抱け」で有名な札幌農学校も上位のランクを占めるであろう。これらの機関は知識だけを教えていたのではなく、人間を駆動させる思想や言葉を教えていたものと思う。

  現在の教育内容は知らないが、私の受けた大学での教育内容は主として知識であった。山下先生が電気機械の講義の中で御自分の経験として「あることを行って、それが上手く行かなかったら、別の方法を考えてやってみる。それも上手く行かなかったら更に別の方法を考えて最後まで食らい付いていけ」というお話をされたが、今でも頭に残っている唯一の言葉で仕事をしていく上で大変参考になった。知識教育を補う意味で第二工学部の先生方の特別講義があったが、「工学、技術は人間生活を楽にするためにあるのだ」とおっしゃられた福田先生の言葉が残っているだけだ。ある先生は「お前たちは社会に出たらリーダーになるのだ」とおっしゃられたが、リーダーとしての心構え、行動原理は自分で考えろと言うことで何も教えてくれなかった。企業の様子を知らせることでNECから小林宏治氏、東芝から中原裕一氏が来られて講義されたがその内容は全く覚えていない。

  現在、有名企業が不正行為、手抜き行動を次々と行い日本の技術の信頼をなくし、日本の技術の将来を危惧する状態になっている。現在の企業のトップが受けた教育の影響で企業倫理、社会倫理が欠如した人間が多くなったのかは不明であるが、人間の成長に応じて如何なる教育を行ったらよいのか、知識教育だけでなく人間性の教育を如何に、何時どのように行っていくのか、教育システムとその内容を改革していく必要があるのではないかと思っている。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 沢辺レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 日本の大学の格付け順位が芳しくないことは新聞報道などで知っていますが、何を重点に順位を決めるかが問題という沢辺さんのご指摘はもっともだと思います。「大学とはなんぞや」という根本問題にもかかわるのでしょうが、学術論文数や、その引用数など研究業績に重点が置かれるなら、様々な官民の研究所と大学はどう違うのか、大学は研究機関なのか、と言いたくもなります。いまどき大学に受験する若者の大半は高等学術研究所たる大学に行こうなどと思ってはいないでしょうから。世の中に出て役に立つ学問の核心を平易明快に説明してくれる教授のほうが有難いと思うのが普通の大学生でしょね。とにかく、授業の下手な先生はダメということでしょう。
 こうなると、大学も、社会に出て仕事をする専門家を育成する学部と、ひと握りの研究者を育てる大学院に分けて格付けした方がよさそうに思います。
 それにしても、欧米文明圏の人は「格付け」が好きですね。彼らの世界観は無限直線ですから、何でも一直線上に並べてみないと気が済まないようです。したがって、進歩と成長が無限に続かないと気が滅入ってしまうのでしょう。輪廻転生で円環型の閉じた世界観なら、どんどん行くと元に戻ってしまうので、あまり慌てて進歩向上だの改革だのと騒がなくてよいと思うのですが・・・。
 しかし、彼らと一緒に競争して生きてゆくには、彼らの格付けを無視する訳にもゆかないので、当面は、あまり深刻に気にせず、適当に付き合うしかないのでしょう。
Posted by 武田充司 at 2017年11月04日 21:35
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。