2017年12月01日

バッサーノからヴェローナへ/大橋康隆

  2001年8月12日朝、パドヴァからバスに乗り北北西に走行して、1時間少々でバッサーノ・デル・グラッパ(Bassano del Grappa)に到着した。
写真1バッサーノ郊外.jpg写真2バッサーノ全景.jpg写真3バッサーノ中心街.jpg
写真1バッサーノ郊外写真2バッサーノ全景写真3バッサーノ中心街 
  バッサーノの郊外は、(写真1)に示すように、山を背景にした静かな風景であった。バッサーノ市街は、南北に流れるブレンタ(Brenta)川の東岸にあるが、バッサーノ駅はその東部に位置し、駅の北部にあるホテルにリュックを預けて、西方に進み、コペルト橋(Ponte Coperto)を訪れた。その周辺を探索してから、下流にあるデルタ橋(Ponte Delta)からバッサーノ全景を撮影して、(写真2)に示す。写真の左下にブレンタ川左岸の河原が見えるが、ここに降りて眺めたコペルト橋と右岸の美しい建物と背景の山は絶景であった。2008年の第80回記念新構造展に100号の油絵に描いて「コペルト橋」という題名で出展したところ、キャンバス青山賞を受賞した。
  丁度、クラスブログ「でんきけい1955」が開設した時だったので、早速2008年7月3日に「大橋君が新構造展でキャンバス青山賞を受賞」というトピックスを大曲、高橋、両編集長が掲載し、矢のように投稿を促された。やむなく原稿を送付したら、2008年7月28日に「技術から芸術の世界へ」という題名で掲載され、大曲編集長がコメントで100号の油絵の大きさまで紹介された。これがクラスブログへの初投稿で、以後色々な投稿をしたが、段々話題が少なくなり、最近は昔の海外旅行記になってしまった。
  8月12日 午後はデルタ橋から市街中央のリベルタ広場やガルバルディ広場を訪れた。(写真3)
写真4城.jpg写真5大聖堂広場.jpg写真6トレント全景.jpg
写真4城写真5大聖堂広場 写真6トレント全景
  8月13日朝、バッサーノからバスに乗り北西に走行して、1時間半でトレント(Torent)に到着した。先ず、トレント市街の北東部にあるブオンコンシーリョ城(Castello del Buonconsiglio)を訪れた。(写真4)交通の要所に位置するためか、昔の栄華を偲ばせる壮大さに驚いた。続いて市街の中心にある大聖堂広場を訪れた。(写真5)の左方はサン・ヴィジーリオ大聖堂で、右側にネプチューンの泉が見える。トレントの市街地はアディジェ(Adige)川の東岸にあるが、午後左岸のケーブルカーに乗りサルダーニャを訪れ、トレントの全景を撮影した。(写真6)夕方、トレント駅から列車で南下してヴェローナ駅に到着した。駅はヴェローナの南部にあり、その近くのホテルに宿泊した。
写真7バルコニー.jpg写真8テアトロ.jpg写真9テアトルより.jpg
写真7バルコニー
写真8ローマ劇場写真9ローマ劇場より 
  8月14日朝、ホテルから東北に進み、アディジェ川の左岸にあるジュリエッタの墓を訪れ、更に西北に進みアリーナを外側だけ撮影して、再び東北に進みアディジェ川の左岸にあるジュリエッタの家を訪れた。(写真7)バルコニーの左下にジュリエッタの像がある。右胸に触ると幸せな結婚ができると言われており、多くの訪問者が触るので黄金色に光っている。再びアディジェ川の左岸に出て北上して、対岸のローマ劇場がある丘を撮影した。(写真8)少し北進してピエトロ橋を渡り、ローマ劇場や、考古学博物館を見学した。この丘からヴェローナの全景が一望できるが、広大過ぎて一枚の写真には納まらない。(写真9)はヴェローナ北部である。右方に聳える鐘楼は大聖堂(Duomo)に隣接している。
  8月13日午後は、シニョーリ広場(Piazza dei Signori)に戻り、スカラ家の館や廟を訪れた。この広場の中央にはダンテ像がある。更に西に進むとエルベ広場(Piazza delle Erbe)が現れ、マドンナの噴水やラジョーネ宮(Palazzo della Ragione)を堪能した。気が付いたら夕方になり、急いでホテルに帰着した。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書くのに随分時間が掛りました。書かないと逃げて仕舞うものでは無いとつい安心していました。大橋さんは近頃は題材枯渇で2001年の事を書いたと言って居られるが、私は楽しんで拝見しています。私たちの年齢だと海外へは体力的にも中々行き難いので、以前の話も歓迎です。私が始めてミラノへ行ったのが1972年2月、此処を根城にジェノヴァ、トリノ、フィレンツェを訪ねました。ベローナはずっと後です。1970年代のイタリアはBrigate Rosse(赤軍)の嵐が吹き荒れたが、この頃は未だ平穏でした。それで生ハムやワインなど美食と素晴らしい美術品の記憶が鮮かです。またこの様な旅の話を期待しています。
Posted by 小林 凱 at 2017年12月27日 19:54
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。