2017年12月01日

中山道/齋藤 嘉博

  東海道五十三次はあまりにも有名。しかし中山道はとなるとすっと親しみが薄くなります。木曽街道とも呼ばれ、江戸から京都まで六十九次、道のりおよそ530Kmの裏街道。10月のある日思い立って家内と木曽路に出かけました。
  新宿から高速バスで4時間。降り立ったところは奈良井宿の木曽大橋の際。まず驚いたのはその大橋の下を流れる木曽川が北に向かって流れていること。はて木曽川は南に流れているはずなのに北に?そうか一旦北に流れてどこかでUターンしているのかナ。奈良井宿.jpg
奈良井宿
  疑問を懐にそして荷物を駅に預けて奈良井の宿の街並みを歩きました。

  鳥居峠に向かう宿場のゆるい坂道。旅籠、みやげ物屋、民宿などがならぶ1Kmほどの秋の道をゆっくりと散歩。山からの水が豊富なこの宿場にはいくつかの水場があって、いまでもこの宿場のひとたちはこの水を使っているのだそうです。丁度昼時。宿のなかほどにある“かなめや”に入って名物というそばを注文。ここの親父が話好きで、奈良井宿の様子をいろいろと話してくれました。中山道は東海道、表街道の難所である大井川の渡しが水嵩を増して通行できないときのバックアップという意味があったのですと。なるほど。江戸から軽井沢、諏訪湖、木曽とえらく大回りをして街道を作った意味が分かりました。それにしても東海道より40Kmほど長く、宿場の数も16多くなる道。碓氷峠、塩尻峠、鳥居峠と険しい山の多い道をよく開発したものです。この奈良井宿は中山道の丁度真ん中で第三十八宿。木曽の中では一番栄えた宿だったのだそうで、新しく作られた国道が、川の向かい側を通ったのでこの宿と道が昔の形態のまま保存され得たよし。いまは京都の参寧坂や北野地区と同じように重要伝統的建造物保存地区に指定されて、昔の景観をほとんどそのまま残すことが出来たのですが、半面、家の改築には厳しい制約がついて生活は不便でと。そうでしょうネ。

  先ほど懐に預けた疑問を思い出してこの親父に尋ねてみました。「いや木曽大橋の下を流れるのは木曽川ではなくて奈良井川なんです。この川は北に流れて上高地からの梓川を合はせ、犀川、千曲川から信濃川になるのです」。この木曽の山の中が信濃川の源流!「木曽川はこの先鳥居峠を越えるとその先。峠が日本の大きな背骨、分水嶺になっているんです」。そんなら奈良井大橋と名付ければいいのに。でもこの齢になっても日本の地理を明確には知らないんですから困ったものです。
  親父さんにさよならをして宿場の一番奥にある鎮神社におまいりをし、もと来た道をゆっくりと下る途中にあったのが資料館になっている中村邸。江戸の終わりごろに塗櫛問屋として栄えたという邸。この宿場の家造りの特徴とされている二階の格子窓、屋根庇の猿頭などが当時そのままに残って風情を醸し出しています。それにしてもこの山の中で“櫛”を商売して金持ちになるなんてと不思議に思って後に調べましたら、広重と英泉の描いた浮世絵、「木曽街道六十九次旅景色」に奈良井宿名産店の図として鳥居峠の茶屋で名物、お六櫛の看板を掲げて櫛を売っている図がありました。脳を患う娘が御嶽山に願かけをしたところ、みねばり(カバの木科の堅い木)で櫛を作り、これで朝夕梳れば治るとのお告げを得て治癒したとの言い伝え。それが評判になってこの地区で櫛が売れたとか。家内は少し下がった土産物屋でこれもこの地の名物、櫛ならぬ木の塗り椀を買って「今使っている木の椀はもうだいぶん古くなったからネ」と。

  宿を歩いていてもう一つ感じるのは空の広さと清潔感です。家内が「電線がないと街も道も広く感じるわネ」。そうこの快感は当然のことながらひとつも電線、電柱がないせいだったのです。大越先生は常々電線への不満を表現しておられました。私もその委員会にご一緒したこともありますが、蜘蛛の巣のような街の電線は日本以外には絶対に存在しない光景と強く訴え続けておられたのを思い出します。
  この日は峠を越えた、いやトンネルを潜った先の木曽川の名所寝覚ノ床を見て下松に泊まり、翌日はタクシーで30分ほど走った赤沢自然休養林でトロッコ汽車に乗ったり、背の高い檜の香に浸ったりしながら青空の下をゆっくりと散歩して帰りました。
  それにしてもどうして人間はこう旅が好きなのでしょう。大昔は餌を求めて移動、旅をしたものですが農耕が可能になるとその目的は変わってきました。お伊勢参り、大山詣り、あるいは東西の国々にある巡礼は神様へのお参り、トラブルがつきもののトラベルを敢えてしたのも神様のご利益を願っての事でした。そして神様ご自身も旅がお好きで神輿に乗って、山車にのって街を歩かれる。
寝覚ノ床.jpg
寝覚ノ床
檜林を走るトロッコ列車.jpg
檜林を走る
トロッコ列車

  信心もさることながら旅は plan do see と三回楽しめ、三回勉強になります。ブログに書かせていただくと4回目の楽しみ。老人の活性化には旅することが最高の刺激のようです。人世も旅。私の旅ももう東海道の五十三次、中山道の六十九次の最終宿となる大津をすぎて三条の大橋が目の前にみえています。まあ歩けるうちはもう少し歩いて、大小の旅をしてみようと思っています。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(3) | 斎藤さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 奥様と一緒に旅に出ること。羨ましい限りです。歩けるうちに更に旅を続けて下さい。私は花を追いかけてなるべく多く歩くように心がけていますが、家内と一緒というのは無理です。
Posted by 高橋郁雄 at 2017年11月30日 21:14
 もう10年近く前ですが、僕も奈良井宿に行ったことがあります。そのとき、次の機会には馬籠宿に是非行ってみたいと思いましたが、結局、それきりで行きませんでした。残念ながら、今ではちょっと遅すぎるようです。
 それで思い出したのですが、僕が世話をしたリトアニア人の留学生が、木曽路、特に、馬籠宿が気に入って2度も出かけていました。彼はあそこに日本の美しさを発見したようでした。
Posted by 武田充司 at 2017年12月01日 21:20
そう奈良井から八つめに妻籠の宿、その次に馬籠の宿があります。近頃は奈良井よりもこの二つのほうが観光客に人気があるようですネ。私もどちらに行こうかと迷ったのですが、東京から近い、そして木曽檜の赤沢を訪れたくて奈良井を選びました。機会があれば馬籠にも行ってみたいと思っています。遅すぎる?そんなことないと思いますが。
Posted by サイトウ at 2017年12月01日 21:59
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