2018年01月16日

神田神保町から王子駅まで歩いた話/武田 充司

  昔の浦和には古本屋が多かった。その古本屋のほとんどは中山道沿いに並んでいた。高校時代には暇さえあればその古本屋を一軒一軒まわっていた。しかし、それでも足りずに、時には奮発して神田の古本屋街まで出掛けていったものだ。

  あるとき、神保町の古本屋で気に入った本を見つけたので、なけなしの小遣いをはたいてその本を買ったのだが、国電のお茶の水駅まで来て帰りの切符を買う段になって気がついた。帰りの切符を買う金がだいぶ足りないのだ。どうしようと迷ったあげく、荒川を越えて埼玉県側まで行けば何とかなると思い、確実に電車で荒川を越えるために先ず王子駅まで歩こうと決心した。

  どこをどう歩いたかはっきりは覚えていないが、本郷の東大前の都電の通りを歩いたことは確かだ。とにかく神田の神保町から京浜東北線の王子駅まで歩いた。途中で下駄の鼻緒が切れそうになった。下駄の「前の眼」に通っているいわゆる「鼻緒」が一番切れやすいので、子供の頃は予備の鼻緒を持ち歩いていた覚えがある。しかし、このときは、もうそんな時代ではなかったから、予備の鼻緒なんて昔臭い物はポケットに入っていなかった。仕方ないので、鼻緒が切れないように下駄を引きずりながら、なんとか王子駅までたどり着いた。

  駅に着いて、持ち金で北浦和駅までは買えないが、手前の浦和駅までの切符が買えることが分かった。あの頃(昭和25年頃)の京浜東北線は赤羽から鉄橋で荒川を渡ると川口、その次は蕨で、蕨の次は浦和だった。現在の西川口駅(昭和29年設置)と南浦和駅(昭和36年設置)はなかった。蕨駅から浦和駅までの間は一面の田んぼで、ずいぶん遠かった。だから、持ち金で蕨までしか買えなかったらどうしようと思っていたから、これですっかり元気がでた。
  それにしても、そんな思いをして買った本が何だったか、まったく覚えていない。鼻緒が切れそうになったことは鮮明に思い出せるのに、大事な本のことが記憶にないのだ。結局、いま思えば、僕の「本バカ」は既にこの頃からはじまっていたようだ。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | 武田レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
古本屋のお話を懐かしく拝見しました。私も駒場時代に、友人達と渋谷に行き、それから神田の古本屋まで歩いて行った記憶があります。当時は相模原の叔母の家から通学していたので、町田で乗り換える時、町を通り抜けるので、古本屋で囲碁の本を買っていました。
ところで、私も昨年10月26日に前立腺肥大で閉尿となり、3回救急車のお世話になりました。現在もカテーテルを装着しており、準入院状態のため、ブログの投稿を中止していますが、復帰出来る日を期待しています。4週間ごとにカテーテル交換のため病院に行く必要があります。外出は勿論、歩行が思うように出来ず手足の筋肉が急激に減少しました。今日は、誕生日ですが、情けない85才になりました。
Posted by 大橋康隆 at 2018年01月18日 17:42
 大橋君のコメントを見て、もう我々はお互いに、何時、何が起きても不思議ではない年齢なのだと自覚しつつも、やはり心穏やかではいられません。とにかく、養生第一に、無理せず、回復に努めてください。
 そのうちに、ボチボチ原稿が書けるようになりましたら、またヨーロッパ旅行の思い出の続きをブログで読ませてください。
Posted by 武田充司 at 2018年01月18日 21:10
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。