2018年01月16日

懐かしの歌謡曲と二つの昭和/寺山 進

  明けましておめでとうございます。本年早々、編集長の「花便り」へのコメントで、武田充司兄が「編集長の心意気に感じて、相変わらずの下らない話を投稿しますけど、大目に見て下さい」と書かれていました。
  私の方は、本当に下らない話になりますが、編集長への気持ちや、大目に見て頂くお願いは全く同じです。宜しくお願い申し上げます。

  平成29年12月16日のブログに、武田兄が「昭和の歌と2つの昭和」という題で投稿され、斉藤兄がコメントを寄せられている。お二人が思いも掛けず、勝太郎のフアンと知って、大変嬉しくなった。

  「二つの昭和」という考え方自体は、大賛成である。但し、昭和二十年代は、旧・新昭和の移行期だとも言えると思う。勿論日本の国自体は、未曽有の敗戦という大事件を、昭和二十年に経験した。歴史上大きな区切りである。しかし、日常生活、特に衣食住とかライフ・ラインの面では、戦時中の昭和十九年ごろよりも、寧ろ昭和二十一年・二年ごろの方が非日常的で苦しい時代だった。

  人間皆、苦しい事は懐かしがらないのだろう。後年の「懐メロ」には、当時あれほどラジオなどで良く聞かれたのに・・という歌が、案外入っていなかった。例えば「君の名は」。他にも「岸壁の母」(菊池章子さんの方である)や「鐘の鳴る丘」・「異国の丘」。
「丘」のついでに「港の見える丘」。これなどは、今になって歌詞だけを見ると、ロマンチックな歌のようだが、戦争で恋人や夫を失った女性の嘆きと怒りの歌である。平野愛子さんの、なげやりでふてっくされた様な歌い方が、雰囲気を出していた。 
  結局、「青い山脈」や「白い花の咲くころ」といった無難なのが、「懐メロ」に生き残っていた。

  音大出身ではない島倉千代子さんや三波春夫さんなど、新しい歌手が登場するのは、昭和三十年代に入る前後の事である。昭和三十年は「もはや戦後ではない」年であり、我々が卒業して社会に出た年でもある。
「新昭和」が始まった年としては、昭和三十年が一番相応しいと思う。

  最近・・といっても、新昭和の後半から平成にかけての歌は、殆ど聞いた事が無い。
  先ず、とにかく「うるさい」。
  昔、「マッチ」こと近藤真彦さんが「ただ怒鳴っているだけ」と酷評されていたが、一人で喚いていただけ、立派なものである。この頃は、何人かで所謂「バンド」を組んで、楽器を鳴らす。それだけでも大分うるさいのに、何人もの男の子が順番に、或いは全員揃って怒鳴り合う。

  次に、「何を言っているのか分からない」。
  英語なのか日本語なのか、言語すら良く分からない。歌詞を見ると、日英両国語のチャンポンだったりする。
  昔の歌手は、流行歌手でも歌詞をはっきり歌った。そうしないと、淡谷のり子先生に怒られる。今でも演歌系の人は、まだましである。

  桑田佳祐さんが年末の紅白に出てくれる事になって、NHKは会長さんまで、大喜びしたらしい。
  感性が豊かな人で、音楽性は優れているのだろうが、日本語の中に英語の母音を混ぜるのが、気に食わない。例えば、日本語母音の「あ」の代わりに「GapやCapのa」の発音をする。何故だろう。英語の歌らしく聞かせたいのだろうか。

  大昔の話。まだ十代で、ややバター臭かったが、美少女だったころの雪村いずみさんが、「シェーン」の主題歌などの翻訳版を歌っていた。勿論日本語の母音を使った、まともな日本語だった。
  しかし、ぼんやり聞いていると、英語の歌に聞こえた。桑田さんとは大違いで、いずみさんの方は素晴らしい。子供のころから、進駐軍のキャンプでG.I.相手に(若い人には意味不明か)歌っていたので、英語が身に染みていたのだろう。

  ついでながら親友の江利チエミさんは、世に出初めの頃、英語で歌っていた時期がある。
  しかし、どう聞いても日本語にしか聞こえなかった。当然である。何しろ高倉健さんが愛した女なのである。
  何故か、その内にあまり英語で歌わなくなってしまったが、惜しい事をしたと思う。
「Japanese English」に市民権を与えて、日本人が臆せずに使えるようにするという、チエミさんにしか出来ない大切な仕事を、放棄してしまったからである。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | 寺山レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
桑田佳祐の日本語発音が“気に食わない”のに私も全く同感です。昨年のNHKの朝ドラの歌も“宝もの”を“タキャラモノ”と歌っていて私はずっと気に食わなかったです。
Posted by 新井 彰 at 2018年01月16日 12:47
コメント、どうも有難うございました。

天下のサザンの桑田さん(フアンにとっては神様のような人)に、イチャモンを付けた訳ですから、内心かなりビビッテいました。

しかし、繊細な耳の持ち主である新井兄が同感して下さって、こんなに嬉しい事はありません。
Posted by 寺山進 at 2018年01月19日 12:00
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