2018年02月16日

素晴しい女性ドライヴァーたち/武田 充司

 昔、英国原子力公社の公用車に乗せてもらう機会が幾度かあった。そのとき、公用車の運転手がいつも中年の女性であることに気づいた。彼女たちは黒のスカートに制服制帽で、まるで婦人警官のような感じだった。
  1960年代のことだから、政府機関や大会社の公用車はどこでも黒塗りの立派な車で、運転手は制服制帽でバシッと決めた「男性」と相場が決まっていた時代だから、これは不思議でならなかった。

  彼女たちの運転する車に乗ったとき、いつも思ったのだが、キビキビした素晴らしい運転ぶりだが、正直に言って女性らしからぬ、まるで軍用のジープにでも乗せられているようだった。レイク・ディストリクト(湖水地方)を走りぬけたときなど、両側を低い石積みの垣根で仕切られた狭い曲がりくねった道を、かなりのスピードで軽快に走り抜けていくので驚いた。

 あるとき、ついに、同乗していた公社の人に尋ねてみた。「どうして、おたくの公用車の運転手は女性ばかりなのですか?」と。返ってきた答えはこうだった。
 もちろん、男の運転手もいるのだが、彼女たちは先の大戦中ヨーロッパ大陸を駆け巡っていた女性兵士だという。戦後、国家のために尽くした彼女たちが生活に困らないように、少しでも手助けしようと、英国原子力公社は積極的に彼女たちを雇用しているのだという。
 快走する公用車の中でこの話をきいて合点が行った。彼女たちはこんな調子で軍用車両を運転してヨーロッパ大陸の戦線を駆け巡っていたのだと。

 しかし、戦後、祖国に無事帰還した彼女たちを待ちうけていたものは、戦勝国とはいえまるで敗戦国のように疲弊した英国と、平時ならば彼女たちと結婚するはずであった多くの若者が戦死してしまった現実であったはずだ。あのころ、既に戦後20年になろうとしていたから、彼女たちは既に40代になっていたのだろうが、殆どの人は独身だったのではないか。それにしても、あのとき、思いもかけず、戦争の深い傷跡が生々しい現実となって自分の目の前に現われたことに気づき、当惑したのを覚えている。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(3) | 武田レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
湖水を眺める曲がりくねった坂道をとばす イギリスのたくましいメドラ。ピーターラビットやワーズワースの家を思い出しながらよいお話を楽しく拝読しました。
Posted by サイトウ at 2018年02月17日 08:44
湖水地方は、私も旅行したので、懐かしく拝読しました。敗戦後、岡山にも米軍が進駐してきましたが、女性兵士もいて、彼女達の武勇伝を先輩達から色々聞かされました。
私が電気科に進学して大西君と下宿に住んでいた頃、38才の母も17才の妹を連れて上京し、日本生命新橋支部にセールスレディーとして勤務を始めました。その後、戦争未亡人救済のために創出された女性の職業であると聞きました。
Posted by 大橋康隆 at 2018年02月17日 16:03
 湖水地方の風景は穏やかで美しいですね。本当に心が休まります。日本人なら誰でも好きになれるのではないかと思います。昔、春から秋にかけて滞在した「退屈を絵に描いたような町」シースケールは湖水地方の直ぐそばでしたから、時々ドライヴしました。あの頃は、ピーターラビットを知りませんでしたが、ワーズワースの家には行った覚えがあります。
 僕には10歳ほど年上の従姉がいたのですが、彼女は故郷の高等女学校を卒業すると、上京して日本赤十字社の看護婦養成所に入り、卒業と同時に中国大陸の戦場に行きました。野戦病院を転々としていたようですが、幸い、敗戦後しばらくして無事帰還しました。しかし、そのあとの生活が大変だったようです。英国原子力公社の女性ドライヴァーの境遇を知った時、ふと彼女のことも思い出しました。そんなこともあれやこれや思い出しながらこの拙文を書きました。
Posted by 武田充司 at 2018年02月17日 21:27
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