2018年06月16日

リトアニア史余談77:リトアニアのタタール人/武田 充司

  ヴィルニュスにもカウナスにも「トトリュ通り(*1)」という道があるが、これは「タタール人通り」という意味だ。中世リトアニアの一時期、タタール人はユダヤ人とともにリトアニア社会における非キリスト教徒グループ最大の集団になっていた。
  彼等が最初にリトアニアに移住してきたのは14世紀初頭であったというが、この頃のタタール人については不明な点が多い。しかし、1380年のクリコヴォの戦いのあと、キプチャク汗国のママイの息子マンスール・キタイが多数のタタール人を引き連れてリトアニアに亡命してきたといわれていて(*2)、これは何らかの事実を物語っているようだ。

  歴史的にはっきりした記録が残っている最初のタタール人の移住は、1397年にヴィタウタス大公がキプチャク汗国のトクタミシュの支援要請をうけてウクライナ南部から黒海沿岸まで遠征したとき、クリミアから数千人のタタール人を家族とともに捕虜としてリトアニアに連れてきたときのことである(*3)。彼らの一部はポーランド王ヨガイラに贈り物として送られ、残った多くのタタール人はトラカイの近くに定住させられた(*4)。
  彼らはトラカイのカライム人と同じようにチュルク語を母語とする民族だが、宗教はカライム人と違ってイスラム教で、勇猛な戦士であった。そのため、ヴィタウタス大公は彼らを護衛兵として使い、手厚く保護した(*5)。彼らもヴィタウタス大公を偉大な庇護者として崇拝し、偶像崇拝を認めないムスリムであるにもかかわらず、大公の肖像をレリーフとしてイコンのように扱って礼拝していたという(*6)。

  キプチャク汗国が衰退して混乱すると、多くのタタール人がリトアニアに流入してきた(*7)。1422年4月のドイツ騎士団の記録によると、8千人もの飢えたタタール人がヴィタウタス大公に入国の許可を求めてヴォリニアのルーツク付近に集まってきたという(*8)。また、1427年には、平和と安泰な生活を求めて、タタール人の集団がリトアニアに逃げ込んできたというヴィタウタス大公自身の書き残した記録があるそうだ。こうした話から、この当時、多くのタタール人がリトアニアにやって来たことが推測される。そして、彼らはヴィルニュス、ノヴゴロドゥク、グロドノなどの周辺に定住させられた。
  タタール人は戦闘的で勇猛な戦士であったから、リトアニアの有力貴族たちは定住したタタール人に土地を与え、その代償として彼らを私兵として奉仕させた。その結果、リトアニアのあちこちにタタール人の新しい居住地ができた。

  やがて彼らは有力貴族に使える軍人集団としての地位を獲得したグループと、兵役義務のない、その代わりに市民権もない、下層階級の平民集団とに分かれた。現在、リトアニアには5千から6千人のタタール人が残っているといわれている(*9)。

 [蛇足]
(*1)リトアニア語でTororių gatvė 
(*2)1380年9月のクリコヴォの戦いで、キプチャク汗国のママイはモスクワ公ドミートリイ・イヴァノヴィッチ(在位1359年〜1389年)に破れ、これがロシア史における「タタールのくびき」を終わらせる端緒となったとされているが、ドミートリイはこの歴史的勝利によって、これ以後、ドミートリイ・ドンスコイ(「ドン川のドミートリイ」という意味)と呼ばれるようになった。それは、この戦いが、ネプリャドヴァ川がドン川に合流するあたりの丘陵地帯で戦われたからである。敗軍の将となったママイは、この年、トクタミシュの攻撃をうけてカルカ川の戦いで破れ、クリミアのカファに逃げたが、そこでジェノヴァ人によって殺害された。
(*3)トクタミシュはティムール朝の始祖であるティムールと争って1395年のテレク川の戦いで破れたが、そのあとティムールは、キプチャク汗国の汗としてトクタミシュの従兄弟であるテミュール・クトルク(在位1396年〜1399年)を立てて傀儡政権としたため、キプチャク汗国を追われたトクタミシュはリトアニアのヴィタウタス大公に支援を求めて再起を図った。そこで、1397年、ヴィタウタスはクリミア方面に遠征したのである。なお、「余談76:トラカイのカライム人」で述べたように、その翌年にもヴィタウタスはこの方面へ遠征している。
(*4)ポーランドに送られたタタール人はキリスト教(カトリック)に改宗させられたが、リトアニアに残ったタタール人は自分たちの伝統的な信仰と生活様式を守った。これは昔からの強力なカトリックの国であるポーランドと、カトリックの国となっても宗教的寛容を維持していたリトアニアとの違いが背景にあるようだ。なお、このときのリトアニアのタタール人の定住地は、ヴィルニュスからカウナスに向う幹線道路A1を3分の1ほど走ったところにある小さな湖のほとりの町ヴィエヴィス(Vievis)であった。そこはトラカイから北西に15kmほどの地点である。
(*5)たとえば、彼らはほとんど若い男ばかりの集団であったため、ヴィタウタスはムスリムの習慣を認めて、彼らに複数のリトアニア女性を娶らせたという。また、ヴィタウタスの宮廷にもタタール人が仕えていたと当時リトアニアを訪れた外国の使節などが記録に残している。
(*6)現在でもカウナスのモスクにはヴィタウタスの肖像が飾られている。
(*7)キプチャク汗国(the Golden Horde)は建国後百年ほど経ったウズベク汗(在位1313年〜1341年)の時代が絶頂期で、その後、徐々に衰退してゆくが、14世紀後半には、東のthe White Hordeと西のthe Blue Hordeに分裂した時期があり、15世紀に入ると数年おきに汗が交代して政権が不安定になって衰退は決定的になった。その結果、クリミアのタタール人は混乱を避けてヴィタウタスの庇護を求めてきたのであろう。
(*8)1421年には西欧で食糧危機があった。この当時、西欧では異常気象で豪雨に見舞われることが多く、ほぼ10年間隔で凶作が起っていた。リトアニアでも1421年にはタタール人の反乱があり、ヴィタウタスも軍を動員して鎮圧したという記録が残っている。
(*9)彼らはリプカ・タタール(the Lipka Tatars)と呼ばれている。ヴィルニュスの南方約14kmに「40のタタール」(Keturiasdešimt Totorių)という村があるが、この村にはヴィタウタス大公がクリミア遠征時に連れて帰ったタタールの子孫が住んでいて、1997年に入植600年を記念してヴィタウタス大公を称える碑を建てた。この時点でこの村には95人のタタール人が20軒の家に住んでいた。木造のモスクがあり、イスラム式の墓地もあって、アラビア語のコーランも保存されているという。また、アリートゥス(Alytus)の北東10数kmにライジャイ(Raižiai)という村があるが、そこのタタール人は1410年7月15日のジャルギリスの戦い(グルンヴァルトの戦い/タンネンベルクの戦い)に参加した子孫であると信じていて、2010年には戦勝600年を記念して新たにヴィタウタス大公の碑を建てた。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(3) | 武田レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
武田充司様

初めてブログのページにアクセスさせて頂き、リトアニアの楽しい情報を読ませて頂きました。
私は、2015年5月にリトアニアで世界初演公演となりました、杉原千畝オペラ「人道の桜」の脚本を担当させて頂いており、先月はリトアニア(カウナス)で第九のソロ、及びオペラ「人道の桜」のフィナーレを歌いに行って参りました。その際に、リトアニア友好協会の坂水様よりご紹介頂き、武田様の「リトアニア史余談76話」を帰りの飛行機の中で、少し読ませて頂きました。
もし、宜しければこれを、私にも購入させて頂けないでしょうか。どうぞよろしくお願い致します。

新南田ゆり
Posted by 新南田ゆり(Yuri Shinada) at 2018年06月22日 22:11
新南田 様
 私の「リトアニア史余談:76話」に関心をもって頂き、有難う御座います。あのとき作った「76話」のコピーがまだ数部手元に残っていますので、それを、来週の月曜日にでも郵便で、日本リトアニア友好協会の坂水さんの所へ送ります。そのあと坂水さんの所から入手してください。これは私のリトアニアに対する奉仕活動のような趣味の一部ですので、無料です。
 杉原千畝を扱ったオペラ「人道の桜」のことは、あのとき、坂水さんから伺いました。これからも、さらにご活躍されますよう、願っております。よろしく。 
Posted by 武田充司 at 2018年06月23日 18:13
武田充司様

早々のご対応ありがとうございました。
先日、坂水様より受け取る事ができました。
本当にありがとうございました。
まだまだ知らないことばかりですが、先日の
リトアニア訪問で、カウナスのオペラ歌手の
方々とも友達になる事ができ、また今回の
西日本豪雨の被害についても、リトアニアの
方々から心配するメールを頂いております。
武田様の著書を拝読させて頂き、今後もさらに
良い形でリトアニアとの交流を深めていかれたら
と思っております。
どうぞ宜しくお願い致します。
また、オペラ「人道の桜」も、引き続き公演が
予定されております。ぜひご覧頂けたら幸いです。
その際にはご案内させて頂きたく存じます。
ありがとうございました。


新南田ゆり
Posted by at 2018年07月10日 17:43
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