2018年08月01日

ニースから東方への旅/大橋 康隆

  2003年8月に南フランスを旅行した。8月1日12時5分に成田空港を出発し17時20分にパリ到着、18時30分に国内便に乗換え20時5分 にニース(Nice)に到着した。
  8月2日朝、ホテルから南東に8分程歩いて長距離バスターミナルに行 き、ボーソレイユ(Beausoleil)行きのバスに乗り、20分後にエズ・ヴィラージュ(Eze-Village)で下車した。早速、鷲の巣村エズの坂道を登って行くと、(写真1)の様な石造りの家々が現れ、様々な工芸品が店先に飾られている。地図ニース東方.jpg
地図ニース東方
  高台の熱帯庭園は海抜 420m だが、古い城跡に造られた。ここからの眺めは(写真2)のように素晴らしい。青色の地中海の遠方には フェラ岬(St.Jean-Cap-Ferrat)が見えている。麓に降りて、改めて高台を見上げて(写真3)を撮影した。
写真1エズの坂道.jpg写真2エズ熱帯植物園より.jpg写真3エズの麓より.jpg
写真1エズの坂道真2エズの熱帯植物園写より
写真3エズの麓より
  エズで昼食を楽しみ、再びバスでニースに帰り、今度はフェラ岬に行くバスに乗った。フェラ岬には、(写真4)のような美しい港があるが、数多くの別荘があり、強い太陽を浴びながら、あちこち歩き回り、時間が経過するのを忘れてしまった。バスでニースに帰着した時は、既に薄暗くなっていた。家内が疲れたと言うので、長距離バスターミナルで少し休憩してから、ホテルに帰着した。ホテルで夕食をとり、売店で 500ml の飲料水を3本購入したが、間もなく売切れになってしまった。今考えると全く幸運であった。帰国後、新聞を見て驚いた。この夏の異常気象で、フランス全土では1万5千人の方々が熱中症で亡くなっていた。
写真4フェラ岬.jpg写真5モナコ大公宮殿.jpg写真6モナコ衛兵の交代.jpg
写真4フェラ岬写真5モナコ大公宮殿写真6モナコ衛兵交代
  8月3日朝8時にニース駅を列車で出発し、20分後にモナコ駅に到着した。駅地上出口から坂道を登って、モナコ大公宮殿を訪れた。(写真5)モナコ大公レーニエ3世と結ばれたグレース・ケリー公妃の悲劇を回想して、感無量であった。暫し周囲の景色や、海洋博物館を撮影してから、11時には再び宮殿前に戻り、正午に行われる衛兵の交代を撮影した。(写真6)すっかり満足して、モナコ大公宮殿の北にある熱帯公園を訪れた。ここからモナコヴィル地区を見下ろして撮影した。(写真7)
写真7モナコ城全景.jpg写真8コクトー美術館.jpg写真9カルノレ宮殿庭園.jpg
写真7モナコヴィル地区写真8コクトー美術館写真9マントン旧市街
  再びモナコ駅に戻り、14時半に列車に乗り東方に向かい、1時間10分後にマントン駅(Menton)に到着した。駅からヴェルダン大通り(Av. de Verdun)を南下して、海岸沿いの太陽の遊歩道(Promnade du Soleil)を東方に進み、ジャン・コクトー美術館を訪れた。(写真8)廃墟のようになった海辺の要塞を、コクトーが美術館に改装したもので、ユニークな美術館となった。美術館を見学後、太陽の遊歩道を西方に1.5km 歩き、カルノレス宮殿を訪れた。昔は、モナコ大公家の夏の宮殿であったが、現在はマントンの美術館になっている。庭園も樹木が鬱蒼として、昔の貴族の栄華が偲ばれる。再び太陽の遊歩道を東に1km 進み北方に曲がり、ヴェルダン大通りから東方に向かいビオヴェ庭園(Jardin Bioves)からマントン旧市街を撮影した。(写真9)高く聳える塔はサン・ミッセル教会(St.Michel)である。

  更に、ヴェルダン大通りを進み、マントン駅に戻り、19時の列車でニースに帰る予定であったが、列車が出ないというので、止む無く北東の長距離バスターミナルに行き、無事バスに乗車した。ところが出発して間もなく停車し、係官が乗車してきて外国人乗客はバスから降ろされ、厳重なパスポート・チェックを受けた。近くの山で山火事が発生し、テロではないかと疑われたようだ。幸い、降ろされた外国人乗客は全員OKとなり、無事ニースに帰着した。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。