2018年10月16日

近頃思うこと(その35)/沢辺 栄一

  最近の社会生活の現象としてリュックサックを背負う人が多くなったように思う。
  私のこれまでの経験では小学校の時にはランドセル、中学校ではショルダーバッグ、高校、大学、社会生活では手提げ鞄、旅行にはボストンバッグが普通であった。リュックサックを使用するのは資料、教科書以外の種々な雑物を多く必要とする遠足、ハイキング、登山、緊急避難時ぐらいだったように思う。

  私は頭が古く、硬いためか制服を着た中学生、高校生、大学生、また、背広を着たサラリーマン、ビジネスマンがリュックサックを背負いながら通学、通勤する姿には非常に違和感があり、外見が悪いと感じている。中に入れられた資料、書物等が雑然となり、困らないのか、他人のことながら気になっている。
 何故リュックサックが広く普及するようになったのであろうか。@両肩で物を背負う方が楽に感じる、A資料、図書以外に持って行く物が多くなった、B美的感覚が劣化してきた、C社会全体が自由になり、自分本位で他からの目を気にしなくなったなどが考えられるが如何であろうか。

 江戸時代から明治に変わった時には欧米の風習を真似て和服から洋服に移っていったが、当初、洋服に違和感を持った人が多くいたのではないかと思うが、今では洋服が当たり前のことになっている。このような時代の急激な変化でなくとも、多数の人の行為が風習、習慣を変えて行くことになるのであろう。リュックサックを常時背負う人が大半以上になれば、それが普通の習慣になって行くのであろう。

 同様に礼儀に関しても色々な面で面倒なことを省略し、簡素化が進んでいるように思う。また、小学校以来学生時代には先生は殆ど背広姿で教えて下さったが、最近の小学校、中学校教師は近所の学校の様子から見ると、シャツ、ジーパン姿で先生とは思われない。日教組の指令なのか判らないが、生徒と友達関係を保つと言うことなのであろうか。生徒、学生の先生への尊敬の念が減じてしまうのではないか、先生・教師の権威が下がってしまうのではないかと危惧している。

 以前に比べれば経済指標であるGDPは大きくなっているのに、以前に比し豊かさが感じられなくなっているのであろうか。安さ、楽さに重点が偏り過ぎて、ある程度の格式、けじめ、外観などが忘れられているように感じており、頭が古く、硬い保守的な人間にはこれで良いのかと風習、習慣の劣化を危惧している最近である。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 沢辺レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
背広にリュックサックという姿は、僕も「カッコ悪い!」と思いますが、最近、僕は「リュックサック派」になりました。歳をとって、運動能力が衰えたため、バランスを崩して転んだり、躓いたりする危険が増し、そんなときに、両手が自由ならば助かると思ってのことです。また、リュックサックは両肩にバランスよく荷重がかかるので、足元がふらつきやすい老人には、負担が少ないと思います。まあ、少々かっこ悪くても、転んで寝たきり老人になるよりましか、と思っています。
 
Posted by 武田充司 at 2018年10月18日 21:36
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