2018年11月01日

アヴィニョンと周辺の旅/大橋 康隆

  2003年8月8日朝7時55分に、アクス・アン・プロヴァンスの長距離バスターミナルを出発し、9時15分にアルル(Arles)の長距離バスターミナルに到着した。
  バス停のすぐ近くに観光案内所はあったが、9時に業務開始のはずが入口の扉は閉じたままで、多くの観光客が行列していた。中を覗くと、所員達は、悠々と会議をやっているので呆れた。漸く入口の扉が開き、観光客はいくつかの窓口に分散して、業務が開始された。地図リュベロン地方.jpg
地図リュベロン地方
  順番が来たので、女性係員に、「ヴァン・ゴッホ橋(Pont Van Gogh)に行きたい。」と尋ねると、バスの番号を教えてくれたが、日本で調べた1番ではない。念のため確認したが、多くの観光客が待っているので、間違いないと言われ、次の客の対応を始めた。仕方なく、バス停の運転手に確認したら、「1番のバスが正しい。多くのお客が間違えて、違う場所に連れて行かれる。」と教えてくれて助かった。しかし、終点 Lou Seden で下車してから、車付きリュックを引っ張りながら20分歩いて「ゴッホの跳ね橋」に到着したのは、家内と私の2人だけであった。(写真1)他の観光客は、車やリムジーンで来て、橋を撮影するとさっさと引き返した。止む無く私達は再びバス停に歩いて戻り、再びバスでアルルに帰着した。
写真1ハネ橋.jpg写真2市庁舎.jpg写真3サン・ベネッセ橋.jpg
写真1ハネ橋写真2市庁舎写真3サン・ベネッセ橋
  大急ぎで昼食をとり、アルル市街を北方に進みながら、市庁舎(写真2)や円形競技場の写真を撮影した。「ゴッホの跳ね橋」を訪れるための調査不足で、想定外の時間をロスしたために、円形競技場の内部に入る時間が無くなり、残念なことをした。ここの上からアルルの市街を眺めたパノラマが素晴らしいことを帰国後に知った。市街の北端にあるアルル駅を14時23分に出発して、アヴィニョン(Avignon)駅に14時42分に到着した。

  アヴィニョンでは、先ず法王庁宮殿(Palais des Popes)を訪れ、続いて北方に進みサン・ベネッセ橋(Pont St.Benezet)を訪れた。更に、船でローヌ川(Rhone)を渡り、対岸のヴィルヌーヴ・レザヴィニョン(Villeneuve-les-Avignon)からアヴィニョン全景を撮影した。(写真3)
写真5公園の池.jpg写真4対岸の城.jpg写真6ラヴェンダー博物館.jpg
写真4公園の池写真5対岸の城写真6ラヴェンダー博物館
  8月9日午前は、法王庁の北にあるロッセ・デ・ドン公園(Rocher des Doms)を訪れた。(写真4)ここのテラスから対岸のヴィルヌーヴ・レザヴィヨンを撮影した。(写真5)サンタンドレ要塞(Fort St-Andre)やフィッリップ美男王の塔(Tour Philippe)が見える。

  8月9日午後は、日本から予約していた半日ツアー「リュベロンのラヴェンダー」(Lavender in Luberon )に参加した。アヴィニョンを14時に出発し東方に向かい、最初にクストレ(Coustelet)のラヴェンダー博物館(Musee de la Lavende)を訪れた。(写真6)ラヴェンダーのエッセンシャルオイルを抽出する蒸留作業も見学した。(写真7)
写真7ラベンダー踏み.jpg写真8ゴルド.jpg写真9ルション.jpg
写真7ラヴェンダー踏み写真8ゴルド写真9ルシヨン
  次に北東に進みゴルド(Gordes)を訪れた。(写真8)丘の上の古城を中心に石造りの家並が見事に階段状に配置され、リュベロン地方で最も美しい景観であると言われている。多くの画家がこの景観を描いている。更に、東方に進みルシヨン(Rousillon)を訪れた。(写真9)は「巨人の道」(Chaussee des Geant)と呼ばれる遊歩道の入り口である。ルシヨンは顔料の原料になるオークルの丘に造られた村で、赤色の強い黄土の色合いが様々な色彩を現し、不思議な雰囲気を醸し出している。ここから見下ろす風景も素晴らしい。幸運にも村で結婚式が行われており、特別に新郎新婦の写真も撮影させてもらったが、掲載することは出来ないので残念である。参加者全員後ろ髪を引かれる思いで帰路につきアヴィニョンには19時に到着した。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(3) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大きな荷物を持って路線バスでの旅、大変でしょうネエ。見よう、行こうという貴兄の熱意には頭が下がります。私は南仏に行きたいと思いながら行くことはできませんでした。もう10年以上前にNHKでパリからリヨンへの旅を放送したことがあります。ヴェズレー、リヨン、オランジェ、アビニヨンと綴る楽しい放送でした。貴兄のブログ稿を拝見しながらそのときのビデオを観たところです。
Posted by サイトウ at 2018年11月01日 20:02
 コメント有難うございました。斉藤兄のお気持ちが良くわかります。勤務中は私もフランスではパリを数回訪れただけです。NECでは、T.U先輩(S29年卒)がグルノーブル大学に留学されていたので、パリからリヨンへの旅は、私も観た記憶があります。特にヴェズレーはぜひ訪れたいと思っていました。しかし結局今回の南仏旅行が最初で最後の大旅行となりました。モン・サン・ミッシェルも訪れることが出来ず、大曲兄のビデオ(2010-09-16)を時々眺めて臨場感を楽しんでいます。
 アルルに拘ったのは、NEC OB パレット会で、T.W 大先輩(S21年卒、三田事業所交換グループ)が「アルルの風景」という美しい油絵を描いておられたからです。その頃、NEC企業年金会館(下北沢)でパレット会展の受付をしていたら、A.O 教授御夫妻が来館されたので吃驚しました。T.W 大先輩と同期でした。
Posted by 大橋康隆 at 2018年11月05日 17:15
アヴィニョンとエクサンプロヴァンス、僕も1990年ころに、ちょっとだけ行きましたが、大橋さんのブログを読んで、ああそうだったのか、と当時は全く知らなかったことを教えられました。しっかり、事前に調べて行動されている大橋さんの態度を少しは見習うべきだと思いました。あのときは、仕事の合間を利用しての最低の旅でしたが、それでも、アヴィニョン教皇時代のあの建物を見て、壊れたアヴィニョンの橋の先端まで歩いて行きました。それから、近くのレボー(Les Baux)に行ったことを覚えています。ここがボーキサイトという鉱石の名のもとになった所だと聞きましたが、あそこは面白い観光地でした。
Posted by 武田充司 at 2018年11月06日 12:42
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