2019年03月01日

トゥールの思い出/大橋 康隆

 2003年8月16日朝、ホテルから車で送ってもらい、ロカマドゥール駅を8時12分に出発して北西に向かい、ブリーブ駅(Brieve)に9時29分に到着した。
 ここで乗り換えて9時37分に出発して、北に進みヴィールゾン駅(Vierzon)に12時19分に到着した。再び乗り換えて、12時24分に出発して、西方に進みトゥール駅(Tour)に13時45分に到着した。
 トゥール駅は旧市街の南東部にあるが、近くのホテルにリュックを預け、北進してサン・ガシアン大聖堂(Cathedrale St-Gatien)を撮影し、更にロワール川(Loire)の川岸に出ると、トゥール城が現れた。

地図トゥール周辺.jpg
地図ツゥール周辺
写真1ウィルソン橋.jpg写真2ワイン博物館.jpg写真3ブリュムロ―広場.jpg
写真1ウィルソン橋写真2ワイン博物館写真3ブリュムロー広場
 ロワール川に沿って西進して、ウィルソン橋(Pont Wilson)(写真1)やトゥーレーヌ・ワイン博物館(Musee des vin des Touraine)(写真2)を撮影した。更に西南に進み、旧市街の中心地であるブリュムロー広場(Pl.Plumuereau)を訪れた。(写真3)の様な木骨組の家が並んでいる。広場の近くにジェマイユ美術館(Musee du Gemmail)がある。

 8月17日朝、半日観光ツアーに参加して、観光案内所を9時30分にミニバスで出発して南西に約 2km 進み、ヴィランドリ城(Chateau de Villandry)と庭園を訪れた。(写真4)城のテラスや塔から美しい庭園を眺めることが出来る。
写真⒋ヴィランドリー城庭園.jpg写真5アゼー・ル・リドー城.jpg写真6ソーミュール城.jpg
写真4ウィランドリー城庭園写真5アゼー・ル・リドー城
写真6ソーミュール城
 次いで、南西に約 1km 進み、アゼー・ル・リドー城(Azay-le-Rideau)を訪れた。(写真5)この城の油絵は多くの画家が描いていて馴染み深いが、実物は見る人を遥かに魅了する。観光案内所には、13時に帰着した。昼食後、トゥール駅から列車で西に約 70km 進み、ソーミュール城(Chateau de Saumur)(写真6)を訪れた。城から見下ろすロワール川も素晴らしい。トゥール駅に帰着して、ブリュムロー広場を訪れ、トゥールでの最後の夕食は中華レストランでゆっくり楽しんだ。暗くなっていたので、広場から南進して、市庁舎の所で左折するのを忘れ通り過ぎてしまった。旧市街とは何となく異なる周囲の雰囲気で、通り過ぎたことに気が付き、急遽反対方向に引き返し、市庁舎の建物を確認して右折して直進し、駅の前を通ってホテルに無事到着した。
写真7シュノンソー城.jpg写真8シュノンソー城.jpg写真9アンボワーズ城.jpg
写真7シュノンソー城写真8シュノンソー城写真9アンポワーズ城
 8月18日朝、再び半日観光ツアーに参加して、観光案内所を9時にミニバスで出発し南東々に約 2km 進み、シュノンソー城(Chenonceau)を訪れた。(写真7)(写真8)この城は、シェール川に浮かぶ船のようで有名である。また代々の城主が女性であり、「6人の女の城」とも言われ、彼女達の愛憎劇が語り継がれている。次いで北に約 1km 進みアンボワーズ城(Amboise)を訪れた。(写真9)この城は、ロワール川を見下ろす丘の上に築かれている。観光案内所に12時30分に帰着た。トゥールには、まだ多くの訪れたい城が残っているが、ホテルで昼食後、荷物の整理をした。

 トゥール駅で16時43分にTGVに乗車して、パリに向けて北北東に驀進し、シャルル・ド・ゴール空港(Charles de Gaulle)に18時35分に到着した。出発ロビーで所用を済ませた時に、爆弾テロのアナウンスがあり、全ての人達が退去するように誘導されて別の場所で待たされた。幸い爆弾と疑われた入れ物には爆弾はなく、予定通り23時25分に空港を出発し、8月19日18時に無事成田空港に到着した。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私がロワールの谷を訪れたのは2002年。トウールで車を借りてシャトーホテルに泊まりながらいくつかのお城を楽しみましたが、最大の目的はペローの「眠りの森の美女」のモデルになったというユッセ城。背後に深い森があってなるほどと。貴兄の稿にあるシュノンソー、女の城は優雅に水の上に。ダビンチと縁のあるアンボワーズでは夕方のロワールを上から眺めてご機嫌でした。最後に訪れたアンジェーでは荒城の月といった感傷の想いがのこっています。貴兄もよい旅をされたことと思います。
Posted by サイトウ at 2019年03月02日 09:46
2002年に車でゆっくりとトゥールの多くのお城を訪れた斉藤兄の姿が思い浮かびます。翌年私もトゥールを訪れたので、コメントを感慨深く読ませて頂きました。2012年に大曲兄が「ハルシュタットの風景」を投稿した時に多くのコメントがあり、1955年の同期生は旅行好きが多く、世界中を荒らし回っているのではないかと書かれたことを思い出します。私はアンジェーを訪れたことはありませんが、「荒城の月」という言葉には特別な思いがあります。私は岡山で育ちましたが、父は養子だったので、荒城の月を作曲した滝簾太郎の出身地、大分県竹田は故郷でもあります。幼い頃、父が吹いていた横笛の澄み切った音色を聞くのが大好きでした。
Posted by 大橋康隆 at 2019年03月02日 19:36
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