2019年08月01日

ルクセンブルクの思い出/大橋康隆

  2004年8月21日朝、ルクセンブルク駅にに近いホテルからリベルト通り(Av. de la Liberte)を北北西に10分位進み、アドルフ橋(Pont  Adlphe)(写真1)を渡って旧市街を訪れた。
  リベルト通りの両側には、銀行や鉄鋼会社の立派な建物が並び、旧市街からも威容が撮影できる。 アドルフ橋が架かるペトリュッス(Petrusse)川は低地を流れており、渓谷には大きな樹木が茂り美しい建物が点在する独特な景観を構成している。橋を渡り東方に右折して少し進むと憲法広場(Pl. de la Constitution)に出る。
地図ルクセンブルク.jpg
地図ルクセンブルク
写真1アドルフ橋.jpg写真2ノートルダム寺院.jpg写真3大公宮.jpg
写真1アドルフ橋写真2ノートルダム寺院写真3大公宮
  ここからノートルダム寺院(Catedrale Notre-Dame)を撮影した。(写真2)寺院自体の写真は単調なので周囲の景色も含めて雰囲気が出るようにした。この広場の北東にギョーム広場(Pl.Guillaume)がある。広場の南側に市庁舎、東方に大公宮(Palais Grand Ducal)(写真3)、北方に自治宮殿(Palais-munincipal)がある。
写真4ボックの砲台.jpg写真5三つの塔の門.jpg写真6アルゼット河畔.jpg
写真4ボックの砲台写真5三つの塔の門写真6アルゼット河畔
  大公宮から更に東方に進みコルニッセ通り(Chemin de la Corniche)から(写真4)を撮影した。左方がポックの砲台(Casemates du Bock)で、右方の低地にある尖塔がサン・ジャン教会(Eglise St. Jean du Grund)である。ボックの砲台から200m程北西に進み、三つの塔の門(Porte des Trois Tours)を撮影した。(写真5)再びボック砲台に戻り、内部を見学してからアルゼット川(Alzette)に架かる橋を渡り、グルント(Grund、低地)を散策した。アルゼット河畔の風景は素晴らし。(写真6)この風景は、帰国後F60号の油絵に描き、新構造展に出展した。グルントから別の橋を渡り、坂道を登って旧市街の南東端にあるエスプリ広場(Pl. du St. Esprit)に出た。ここから西に進み、再びアドルフ橋を渡ってホテルに帰着した時は夕暮れになっていた。
写真7クレルヴォー城.jpg写真8教会.jpg写真9修道院.jpg
写真7クレルヴォー城写真8教会写真9修道院
  8月22日は、ルクセンブルク駅を8時13分に出発して北方に進み、エッテルブルック(Ettelbruck)駅に8時39分に到着した。バスに乗換え約30分東北に進み、ヴィアンデン城を訪れた。この日の旅行記は、クラスブログ2010年06月01日「ヴィアンデン城」に掲載されているので参照されたい。しかし、クレルヴォー(Clervaux)の写真が掲載されていないので、追記したい。ヴィアンデン城見学後、エッテルブルック駅を14時39分に出発し北方に進み、クレルヴォー駅に15時5分到着した。駅から西に15分位歩いてクレルヴォー城に到着した。(写真7)城の傍に観光案内所があり、貴重な資料を入手した。城の内部は、3つの博物館になっている。城の背後に(写真8)に示すユニークな教会があった。更に山道を登り聖モーリス・聖モール修道院(Abbaye St. Maurice et St. Maur)を訪れた。(写真9)余りにも壮大で、全景は遥かな麓から望遠で撮影するしかない。修道院内部を見学したら、修道院の模型が大きなガラス箱の中に展示してあった。登る時は近道しようと思い、道を間違えたようで、急な坂道で苦労したが、下りは数人の観光客の後ろにに付いて、舗装された道路を回り道をしたが、15分位で麓に到着した。急がば回れである。クレルヴォー駅を18時56分に出発して南に進み、ルクセンブルク駅には19時47分に到着した。予定変更による日程圧縮のお陰で、一日旅行日程に余裕を生み、ホテルの予約を変えないで、2日後にベルギーのデュルビュイ(Durbuy)を訪れることが可能になった。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(0) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。