2019年08月01日

伊豆の踊子/齋藤 嘉博

  山のなかで出会った踊子への想い。川端康成の「伊豆の踊子」は素朴なメッチェンのイメージを追って、昔誰もが喜んで読んだ小説でした。そのことを思い浮かべながら新緑に誘われて、そうだ歩けるうちに天城を歩いてみようと思い立ちました。
  踊子歩道は伊豆半島、天城山のふもとにある湯ヶ島温泉から南に、峠を越して湯ケ野温泉までほぼ20Kmの山道。地図を見ながらこれを一日で歩くのはご老体には無理だナアと辺りの見どころとの関連も考えながら思案。結論はこの道を二日に分けて歩くことでした。
  踊子号が修善寺駅に着いたのは11時過ぎ。ここからバスで水生地下まで行きハイキングのスタート。踊子の歩いた道は多分もっと荒れていたのでしょうが、舗装は傷んでいるものの傾斜3%ほどの歩きやすいのぼり道。新しいトンネルができる1970年までは車が通っていたのですから。でも一高の白線帽をかぶり、“紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけて朴歯の高下駄でこの道を歩く”のはけっこう大変だったでしょう。左に文学碑をみて20分ほどで水生地に着きました。ここは狩野川の源泉になるところ。鳥のさえずりを聴き、右下ずっと深いところにある流れを見ながら大きくカーブした道をさらに30分ほど上がると旧トンネルの入り口が見えてきました。着いたアと一休み。苔蒸したトンネル入り口の石づくりが大変印象的でした。
  この旧トンネルが完成したのが1905年ですから小生より年上。踊子の一行もこのトンネルを通って南、下田にむかったのです。長さ450m、幅が車道部分4.1mといいますから車の交換は無理。入口で対向車が過ぎるまで待っていたのでしょうか。天城1.jpg
旧天城トンネルの河津口
  中に入るとひんやりとした風が吹いていました。ぽつぽつと光る電灯。その昔はガス灯だったのだそうですが。ほぼ100年の年月をタイムスリップしても「暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた。トンネルの出口から白塗りの柵に片側を縫われた峠道が稲妻のように流れていた」という川端の描写そのままの様子で、白線帽の頃を思い出していたのでした。
  このトンネル2001年には重要文化財に指定されているのです。向こうから一組の若い人たちが歩いてきました。声を交わして 水溜まりをよけながら10分弱。南の口にでるとこちらも雲のない青空が見えていました。静かな山の中。気分いいですネエ。通行止めと書かれた柵が置いてありましたが、向うから来た人もあるようだしと構わずに突破。ここからは下り道ですのでのんびりと歩くことができます。やがて右手下に二階滝が見えてきました。南に流れる河津川最奥の滝です。踊子歩道のハイキング今日はこれまで。二階滝のバス停から今度は新しくできた445mのトンネルを1分で再び天城の北側に戻りました。
  まだ陽は高く、予定通り浄蓮の滝でバスを降りて、さて滝まで?ちょっと躊躇しましたが思い切って、降りたら上がらなくてはならない200段余りの階段を下りました。一昨日の大雨のおかげで大量の水が勢いよく落ちていて、滝の下にはもうかなり大きくなったわさびが一杯に植えられていました。天城2.jpg
浄蓮の滝
  今夜の泊りは川端が“踊子”を執筆した湯本館。湯ヶ島温泉口のバス停から10分ほど、かなり急な遊歩道を下りた川沿いにあります。天城3.jpg天城7.jpg
湯本館川端執筆の部屋
  古びた、でも情緒満点の旅籠。ロビーから出て石段を下りると川に沿ったところに露天風呂。ゆったりと川の水音を聴きながら今日の散歩の足を癒しました。二階の四畳半の部屋は川端が踊子を執筆したところ。いまでも昔のままに机を置いた部屋が残され、川端の肖像や踊子の人形などが飾られています。座って踊子が玄関の板敷きで踊るのを見たという階段もそのまま。私もしばらくその階段に座って誰もいない玄関の扉を見ていました。この小説は5回も映画化されたよし。私の記憶にあるのは昭和38年に日活で映画化された吉永小百合さんのフィルムで、お相手は高橋英樹さん。よかったですネエ。ほかに美空ひばり、鰐淵晴子、内藤洋子、山口百恵。
  私の部屋“けやき”のテーブルにはちゃんと「伊豆の踊子」の文庫本が置いてありました。これを読みながら今夜は就寝。明日は河津七滝めぐりをと下調べをし、瀬の音を聞きながら休みました。天気は良さそうです。
  翌日河津七滝の道は階段の多いかなりしんどい道でしたが、滝と下草と宗太郎杉を楽しみながら平滑の滝から鎌滝、蛇滝を経て大滝まで。
  二日間で24,000歩の散歩でした。
天城5.jpg
蛇滝

posted by でんきけい at 00:00| Comment(1) | 斎藤さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良い旅をされました。かって私には伊豆高原に便利な宿があって訪れていた際に、修善寺と河津を結ぶ414号線の周辺も良く行って居て懐かしく拝見しました。勿論貴兄の様な本格的な探訪は無しで羨ましい次第です。
 処でこの映画ですが、私が小さい頃田舎の家の大掃除で、古新聞か雑誌にこの映画の広告が出て居たのが印象深く覚えています。松竹映画で勿論白黒ですが、主演が田中絹代、一高生に大日向傳(監督は五所平之助)で私は見て居ませんが、良かったに違いないと今も思っています。
Posted by 小林 凱 at 2019年08月08日 17:00
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