2020年09月01日

ベルンからツェルマットへ/大橋 康隆

  1998年7月20日の午前はベルン(Bern)市街観光をすることにした。先ずベルン歴史博物館を訪れた。(写真1)次いでベルンを囲うようなアール川(Aar)を訪れ、ベルン市街を撮影した。(写真2)遠方に巨大なベルン大聖堂が見える。
  アール河畔に沿って歩くと(写真3)の様な美しい風景が現れた。帰国後、F8号の油絵に描き、有楽町交通会館2階ギャラリーで開催された本明会展に出展した。アール川の橋を渡って植物園を見学したが、再びベルン市街の中心地に戻り、街のシンボルであるベルン時計塔を撮影した。(写真4)仕掛時計が有名である。手前の女神の噴水は、正義の噴水と言われている。地図ツェルマット周辺.jpg
地図:ツェルマット周辺
写真1歴史博物館.jpg写真2大聖堂.jpg写真3アール河畔.jpg
写真1:歴史博物館写真2:大聖堂写真3:アール湖畔
  ベルン駅を14時26分に出発して南方に進みブリーク駅(Brig)に16時3分に到着した。これは急行列車だったが、エアコンが無く暑くて参った。昔、1970年代にジュネーブのITUの建物にCCITT(国際電信電話諮問委員会)が移るまでは、古い会議場でエアコンが無く、暑さに閉口した。「1週間のためにエアコンを設置する必要はない。」と言われたことを思い出した。ツェルマット鉄道に乗り換えて16時18分に出発して西に進み、ヴィスプ駅(Visp)を経由して南に進みツェルマット駅(Zermatt)に17時45分に到着した。
写真4時計塔.jpg写真5ゴルナーグラート.jpg写真6モンテローザ.jpg
写真4:時計塔写真5:ゴルナーグラート写真6:モンテローザ
  7月21日朝、登山電車でツェルマット駅を8時に出発してゴルナーグラート駅(Gornergrat)に8時44分に到着した。(写真5)あいにくマッターホルン(Matterhorn)は霧に隠れており、やむなく東方のモンテローザ(Monte Rosa)を撮影した。(写真6)天気が良ければここからリッフェル湖(Riffelsee)を訪れ逆さマッターホルンを撮影する予定であったが、諦めざるを得なかった。予定を変更し、ゴルナーグラートを9時55分に出発し、ツェルマット駅に10時39分に到着した。
写真7噴水.jpg写真8看板.jpg写真9幻の山.jpg
写真7:噴水写真8:看板写真9:幻の山
  引き続きスネガ駅(Snnegga)に登る予定であったが、ツェルマット市街を西方に進みマーモット(Marmot)の噴水までやってきた。(写真7)それでも諦めきれず「WELCOME TO THE MATTERHORN」の看板の写真を撮影した。(写真8)残りの時間はアルパイン博物館で過ごし、先駆的登山家達の苦難と悲劇をじっくりと味わった。
  7月22日早朝には、マッターホルンが現れるのを期待して通称「日本人橋」でしばらく粘ったが、遂に幻に終わった。(写真9)油絵仲間のR.T.さんはNEC OB パレット会で、この構図ですばらしい作品を描いていた。彼はスキーヤーでもあったので、冬期の旅行であると思う。
posted by でんきけい at 00:00| Comment(2) | 大橋レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回も盛り沢山のスケジュールを精力的にこなされたのに感心して拝見。かなりの部分はお荷物携行もあったと思いますが。またベルンの時計塔は懐かしい景色です。
Posted by 小林凱 at 2020年09月04日 20:27
僕も一度だけベルンに行ったことがあります。1970年代の後半だったと思います。それ以前に、米国の職場で1年間ほど一緒に仕事をしたことのある同僚がベルン近郊に住んでいたスイス人エンジニアだったので、ドイツに仕事に行ったとき、彼に連絡してベルン郊外の村に1泊し、一夜旧交を温めたのですが、そのとき、彼がベルンを案内してくれました。
 今回の大橋さんのスイス旅行記と写真を見で、忘れかけていた懐かしい昔の記憶が蘇ってきました。有難うございます。
 あのときは秋でしたが、ワイン作りのための葡萄の収穫が終って、まだ新酒ができる少し前の時期で、半分醗酵した甘い葡萄ジュースのようなものを飲んで祝う、秋のお祭りの日でした。
 ベルンの町中がお祭り騒ぎで、広場には、そのワインとジュースの合いの子みたいな飲み物を大判振る舞いする屋台が立ち並び、ほろ酔い機嫌の市民たちで賑わっていました。あの飲み物は土地の言葉でザウツァーとか言っていたような気がします。彼に言わせれば、この素晴らしい飲み物は、1年のうちのこの時期に、ここでしか飲めないものなんだそうです。とにかく、甘くて飲みやすいいので、どんどん飲んでしまい、彼と2人ですっかりいい気分になって、ベルンの街をさまよい歩いた記憶があります。それでも、若きアインシュタインが働いていた特許局あとの記念館(アインシュタイン・ハウス?)を訪ねたことはおぼえています。
Posted by 武田充司 at 2020年09月05日 21:55
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