今年の秋も次第に深まってコロナも漸く下火の勢い。となると私の歩き虫が疼きだして昨日(29日)は兼ねてからの想いだった上毛三山のうち榛名山への散歩にでかけました。
高崎駅から90分のバスはやや退屈です。それでも榛名神社を過ぎるころからは立派な杉木立に囲まれたハイウェイ。榛名湖畔駅のあたりは閑散とした冬景色でしたが、ここから30分ほど湖畔を歩いたロープウェイ駅の駐車場にはかなりの数の車が。そうここまで来るのは車ですネ。免許返納がくやしい。
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二連のキャビン、300mほど上がるロープウエイで山頂駅から見ると、雲一つない青空の下、東に筑波山、西に浅間山。眼の下には榛名山の側火山である天目山、氷室山の姿と関東平野が広がって。バカと鶏は高いところが好きと教えられていましたが、やはり見晴らしのいい高さは気分のいいこと。ここからさらに坂道を上がって1,391mの山頂にある榛名富士神社にお参り。数人の若い人たちが社殿で手を合わせていました。 |
高尾山の例にならって下りはゆうすげ温泉への山道を歩いて下ろうと思っていたのですが、入口に「この道は風致保安林で十分な整備が出来ていないので歩かないで」との警告書。仕方なく再びロープウエイで湖畔に降り立ちました。初夏には高橋兄に喜んで頂けそうな黄色いユウスゲ、紫のホタルブクロがあたりを彩り、冬には氷結した湖面に穴をあけてのワカサギ釣りが有名なこの湖ですが今の季節は冷たい風のなかに紅葉と黄葉が真っ盛り。船宿に人もなく岸につながれたスワンボートもさびしそう。遊覧船も動いていないようでした。
帰途榛名神社にお参りしました。祭神は火と土の神様。赤い大鳥居をくぐって社への入り口、隋神門に「本堂はここから15分」とありました。杉木立の中、神橋をわたり眼の下を流れる渓谷と滝を眺めながら坂道と石段を上がること十分あまり。神門をくぐったところであと100段ほどの石段を見上げてこれはちょっとネと辟易。残念ながらそこで遥拝をして、傍らの社務所でお守りを頂き下山しました。トシですネエ。
暗くなった6時過ぎに無事帰宅。行程15,000歩。ひさしぶりにすっきりとした一日を過ごすことができました。帰途新幹線から見た富士山のシルエットが印象的でしたネ。この次はと奥多摩、八ヶ岳などへのハイキングを目論んでいます。
秋の美しい榛名湖の写真を堪能させて頂きました。僕も、だいぶ前、あそこに行きましたが、その時も、観光客の姿はまばらで、ちょっと寂しい湖畔でした。
榛名湖は、戦前、高峰三枝子がうたっていた「湖畔の宿」のモデルになった湖だそうで、あそこに記念碑みたいなものがあったような気がします。そして、自動的に、彼女が歌っている「湖畔の宿」が流れる仕掛けになっていました。多分、あそこの宿の人が、戦後、観光客誘致を狙って作ったのでしょう。
ブログ投稿メールへの返信で高橋編集長が榛名湖の東麓、渋川にお住まいだったことを知りました。そのあたりは伊香保など温泉の巣。昔は補装のない道をバスに乗ってこの辺りの小さい温泉を訪ねたものでした。
さいとう様のこの記事で15000歩も歩かれたことを知り、高齢なのに素晴らしいことだと感銘しています。
しかし、もうひとつ気になっているのが、あの湖畔にそびえる山の形で、鹿児島の開聞岳もあんな形をしていますが、あれは火山活動の結果でしょうが、僕は、あれを見ると、子供の時に大好きだった、上野の「永藤の甘食」を思い出します。パンよりも硬くて、ビスケットほどではない、あの食感と甘さが大好きでした。どうも、話がとんでもない方向に飛んでしまい、失礼しました。
脱線ついでに、佐藤惣之助は現在の川崎市の出身ですから、高橋さんと同郷です。